約 2,288,107 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1842.html
いつものように朝比奈さんの炒れたお茶を飲みつつ、古泉とオセロを楽しむ 今じゃアナログなゲームかもしれないが、これはこれで中々おもしろいもので… と言っても、相手は古泉 無駄にボードゲームを持ってくる割りにはほとんど手ごたえはなく…というか弱い まぁ家に帰って勉学に励むわけでもないし、こんな風にまったりとすごすのもいいものだと思うようになってきた というより、涼宮ハルヒの存在で、ゆったりした時間がどれだけ希少に感じられることか… しかし、こういう時間は一瞬にして砕かれる こいつのせいで… バンッ!!! 毎度の事だが、物凄い音とともにドアが開かれる もしドアの近くに居たりなんかしたら、よくて骨折だぞ 「ドアくらいゆっくり開けろよ」 「いつものことでしょ」 さらりと言い放つと、団長の机に飛び乗った 「なんだ、演説でもするのか?」 「ちょっと違うわ。まぁ聞きなさい」 とハルヒは言い、スカートの後ろにさしていた雑誌のような物を取り出した その雑誌はこの前俺達、鶴屋さん他etc…で作成した会誌だった 出来栄えはよく、評判も結構良いとのことだった ハルヒは会誌を広げ、 「今回の会誌は大成功!もういろんなとこから太鼓判押されまくりよ!この調子だったら月一くらいで販売するのも良さそうね」 とまたもやあの不敵な笑みを浮かべた が、俺は即反対する 「そんなもん売ったりしてたら生徒会にまたなんか言われるぞ」 と言うが、 「んじゃ売らなかったらいいの?無料配布なら生徒会の連中も文句いわないでしょ?」 と一向に自分の思考を曲げようとしない よくて有料から無料になったくらい… 作るのは俺達だぞ それに配るたびにいつかのバニー姿みたいなことしたら、それこそ生徒会だけでなくいろんなところから目をつけられる 下手すりゃ謹慎だってありうるぞ 「まぁ作るのはいいだろうが、バニー姿とかで配るのは止めろよ」 と言うと、 「あんた、鋭いわね。なんで私の考え分かるのよ。超能力者?」 いや、少なくとも俺は普通の人間だ というか超能力者なら俺の目の前にいるぞ とか言ってやりたかったが、そんなこと言ってもどうせ信用されないだろ ハルヒにとって古泉は『謎の転校生』だったくらいのもんだ 今となっちゃ転校生なんて全く関係なく、ただの男子生徒 趣味は赤い玉になって空を飛ぶことか? 「とにかく止めとけ。するんならもっとマシな衣装にしとけよ」 と言うと 「団長に指図しないの!…でも、新しいコスチュームもいいかもねぇ…」 と言い、椅子に座り考え始めた 俺はそのまま古泉とオセロを楽しみ、今日の活動は終わった 次の日、いつもと同じ登校だったが、今日は金曜日だ 明日は休みと思うだけで、どれだけ嬉しいものか 午後、いつもの様に部室に行くと、あのハルヒが満面の笑みを浮かべていた そして、俺が入るやいなや 「キョン!あんた小説書くのよ!」 と、やたらでかい声を張り上げた 「あー。パスだパス。お前が全部作っていいぞ」 と親切にも譲ってやると 「あんたは絶対書かないとダメ!今回は私も小説を書くわよ!」 と良い、パソコンで何かをしている 正直、前回の会誌作りは本当に疲れた あんまり良い話でもない吉村の話をほりあげられたんだからな… それに、もう恋愛小説なんて無理だ 「何よ、恋愛小説を書いてなんて頼んでないわよ。今回は…」 と言い、ハルヒは黙った あらかた俺に書かせたいジャンルを決めているようだが… ハルヒは自分の髪をぐしぐしと掻き 「キョン!あんたなんか書きたいジャンルある?」 と聞いてきた いや、別に無理に書かなくても… というか本当に書きたくないんだが… 「それじゃあ駄目でしょ。なんか書きたいジャンル、考えとくのよ」 「じゃあハルヒは決まってるのか?」 と聞くと、口を尖らせて 「決まってないから考えてるのよ!」 俺はふと 「だったらSFでも書けばいいんじゃないか?前回の会誌はSFは無かったし」 「そうねぇ…SFは有希に書いてもらおうと思ってたけど、私も書いてみよっかな」 と言い、カチカチとまたパソコンをいじりだした お前がSFなんて書いたらどんな作品が出来るかも分からん ハルヒの想像力は半端じゃなさそうだからな 俺は朝比奈さんが炒れてくれたお茶をすすり、古泉の用意したオセロを始めた 「あなたの書く恋愛小説は少し楽しみだったのですが…」 と言い、おきまりの笑顔で 残念 のジェスチャーをした 「一応聞いとくが、それは嫌味か?」 「まさか、本当に興味があるんですよ」 全く、こいつの考えは全然分からん… それになんでも笑って誤魔化そうとするな 少なくとも男の俺には効かんぞ そのままオセロをしながら、部室のお茶を浪費していると バンッ!!! と、物凄い音が響いた 俺と朝比奈さんは軽くびくッと振るえ、団長の机の方を見た ハルヒが不敵な笑みを震わせている 「そうよ!私SFを書けばいいのよ!」 と大声をあげ、うん、うんと一人頷いていた 流石に訳の分からない行動にも程があるぞ 「どうしたんだ?そんなに良い案が浮かんだか?」 「浮くもなにも、浮きまくりよ!今私の中の創作意欲がすごいことになってんのよ!」 そうか、そうか 「そう!ホント!これはいいわ!かなり書きやすいわ!早速書かないと…」 「どんな案なんだよ」 と聞くと、 「ほら、私たちって宇宙人とか未来人とか超能力者とか探してるじゃない?」 それはお前だけだろ というかもう宇宙人も未来人も超能力者も揃ってるぞ 「だからね!小説の中だけど私たちを主人公にして、宇宙人や未来人とか超能力者とか…もうなんでもいいわ!とにかく会わせるのよ!」 まぁハルヒの願いらしいからな… 小説の中で収まるんならそれでいいだろ 実際にそこのドアから足が二十本もある緑色のクラゲみたいな生き物なんぞ出てきた日には… SOS団壊滅の危機だな それとも長門が倒してくれるか? 延々と一人創作意欲と欲望をごちゃまぜにして、演説をしているハルヒを放って、俺はオセロの続きを始めた が、古泉が何故かハルヒの方を見つめ、眉間にしわを寄せている こんな顔をする小古泉は珍しい 写真でも撮るか やっと長い演説を終えると 「んじゃ、資料を調達して土日中にでも書いてくるわ!月曜には見せてあげるから楽しみにしててね!」 と言い、ハルヒはカバンを持ちドアまで走って行こうとする すると、 「涼宮さん!」 と古泉が大声を上げた これには朝比奈さんと俺と長門、そしてハルヒも思わずびくッと震えた なんせ古泉が声を張り上げるようなところなんて一度も見たことがなかったからな しかし、古泉も冗談とは思えないほど顔に力が入っている おいおい、お前こんな顔になるのかよ 「な、なに?」 ハルヒは足踏みをしながら古泉の方に向いた 「涼宮さん、やっぱりSFは長門さんに書いてもらった方がいいんじゃないですか?よろしかったら僕でもいいです」 かなり必死に言っている いつものクールに気取った感じは吹き飛び、どう見ても別に人格が入ったように見える 「でも、もういい案浮かんじゃったからね!早くしないと図書館閉まっちゃうし…」 と言いつつ、ドアから飛び出して行った それを追うように、古泉がドアから出て「涼宮さん!」と叫んでいたが、ハルヒはそのまま行ってしまったようだ それから十分ほどして古泉が戻って来た さっきほど動きは荒々しくはないが、表情がどことなく落ち着いていない 「大変です。これは極めてよくない状況…かもしれません」 その言葉を聞くと同時に長門が分厚い本とパタンと閉じた 長門も古泉もただならぬ雰囲気を出している 「どうしたんだ?何かあったのか?」 「何かあったなんてもんじゃありません!」 と思いっきり机を叩いた 俺は今日あまりにもいつもと違いすぎる古泉に驚いた 古泉は俺の表情を読み取ったのか 「す、すいません…つい…」 古泉がこれだけ動揺しているとは… どんな事件なんだ… 「一体何があったんだ?詳しく聞かせてくれないか?」 と聞くと、俺の前に座った 「今から話すことは正しいとは言いきれません…ですが、確実にそうなりつつあるのです。ですから心して聞いてください」 古泉はまずそう言い、話し始めた 「今、涼宮さんのいる近辺で小さな閉鎖空間が大量に発生してきています。しかし、 これは涼宮さんのストレスなどの影響ではありません」 「それじゃあ、ハルヒとは別の人間か?」 「いえ、今発生している閉鎖空間は間違いなく、涼宮さんによるものです。しかし、その中には私たちが入ることはできません」 入れない? 「つまりですね…閉鎖空間は存在するのですが、なんというか…」 そこで古泉は押し黙ってしまった すると突然長門がこちらを向き喋りだした 「その閉鎖空間は今までのものとは全く違うもの」 全く違うもの? 「そう。今の世界とは別の世界を、涼宮ハルヒは創造しようとしている」 よく分からん… それを聞いた瞬間、古泉がハッと気づいたように俺を見た 「その例えが一番簡単ですね」 何がだよ、ちゃんと教えてくれ 「今の長門さんの話を簡単にまとめると、今、涼宮さんは小説のため『宇宙人に会う自分たち』を創造しています これによって閉鎖空間が発生したものと思われます」 つまり、どういうことだ? 「ですから、今僕たちの居る世界とは違う世界…涼宮さんの創造する世界が出来上がりつつあるんです…」 ハルヒの創造した世界? …ちょっと待て…ハルヒはたしか 『小説の中だけど私たちを主人公にして、宇宙人や未来人とか超能力者とか…もうなんでもいいわ!とにかく会わせるのよ!』と言った それが今ハルヒの創っている世界? だとしたらその世界では俺たちが宇宙人や未来人や超能力者…いや、もっと違うものに出会わなければならない事になる つまり、ハルヒの創造によっては俺たちは未知の生物とご対面してしまうかもしれない? ってことか? 「だいたい合ってますね。でもよくないのはその世界が出来てしまってからです」 「なんでだ?創造の世界と行っても他に何か恐ろしいことでもあるのか?」 古泉は俺の発言に呆れたようにため息をついた 「あなたが一番分かっているはずです。まずですね、その涼宮さんの創造した世界が完成してしまうと、現実の世界… つまり僕たちのいる世界に上書きされてしまう可能性があるんです。そうなってしまえば…」 古泉は額に手を当てつつ、言った 「僕たちは未知の生物と強制的に遭遇してしまいます…違いますか?長門さん」 と、いきなり長門に質問を投げ掛けた 「ちがわない」 「ということは…僕たち…涼宮さんが未知の生物に会ってしまえば…自分の力に気づいてしまうかもしれません…」 ハルヒが自分の力に気づく… それはどれだけ危険なことか…俺たちSOS団と呼ばれる団に所属するものなら分かる あの以上なまでの想像力のせいで、ありえない季節に桜が咲き、猫が喋りだし、未来人が目から光線を出してしまう… そんなことが強く願うだけで実現してしまう人間が…自分の力に気づいたら よく進んでも悪く進んでも、今の平凡な日常はいとも簡単に崩れてしまうだろう… 朝比奈さんのいれるお茶を飲みながら、つまらないボードゲームを楽しむことも… 5人で街を探索することも… まだ出来て1年も経っていないSOS団が潰れてしまうかもしれない… それも団長の手によってだ… 俺はまだゆったりと過ごすこの世界で生きていたい 俺は拳を握り締め 「古泉…何か方法はないのか…」 古泉は押し黙っている 「古泉!!」 と声を張り上げると 「わからないんです!今どうすればいいのか!何が世界を救うのか…」 と最後の方は力なく呟いていた… 俺達を見ていた朝比奈さんが心配そうに震えている こんな時は冗談の一つでも言うのがいいのか…いや、俺は今そんなこと言える状態じゃない… でもどうしたら… 「方法はある」 と、突然長門が言った 俺はすぐに 「何か方法があるのか?」 長門は頷く 「何をするんだ?何かしてくれるのか?」 と聞くと首を横に振り 「私たち情報統合思念体は涼宮ハルヒの行動の観測が主である。故に今の涼宮ハルヒの行動を私たちが制止させることは出来ない。」 「それじゃあ…」 「でも、今から言う方法はあなたにしか出来ない。もちろん必ず成功するとも限らない。それでも行動することを推奨する」 俺にしか出来ないこと? 「そう。あなたにしか出来ない」 俺にしか出来ないと言っても… 俺は宇宙人でも未来人でも、ましてや超能力者でも何でもない ただの人間だ 「あなたに特別な能力は備わっていない。だが、あなたは涼宮ハルヒに一番信頼されている存在。 今の彼女の変化もあなたのせいでもある」 俺のせい? 「あなたがSFというジャンルで書くことを彼女に推奨した。それによって涼宮ハルヒは今のように世界を創造している」 訳が分からんぞ 「つまりですね…あなたが『SFでも書けばいいんじゃないか』と言わなければ、現状のようにならなかったのかもしれません」 そうか…でも、なんで俺は攻められてるんだ? 「別に攻めている訳ではありません。事実なんです。あなたがもしあの時…」 「わかった、わかった!それで?俺はどうすればいいんだ?」 多分、俺の顔は不機嫌丸出しだったんだろうな… 遊園地にでも居れば、周りの人が即気分を害すような感じの表情なんだろうな… 「あなたが涼宮ハルヒに創造を止めさせる方法は、彼女に今の世界を必要とさせることが必要」 つまり、どういうことをすればいいんだ? 「涼宮ハルヒはあなたを信頼し、あなたに対し不完全ながら恋愛感情を抱いている。そしてあなたが出来る一番確実な方法が、恋愛の成熟」 と、いう…ことは? 「そうか!そうです!その方法がありましたか!」 と喚き、古泉は拳を震わせている 今日はよく叫ぶな 古泉 「訳が分からん…ちゃんと説明してくれよ」 古泉は笑顔で 「つまりですね!あなたが涼宮さんと結ばれればいいんですよ!恋愛の成熟です。そうです。それで世界が救われるかもしれません」 「えっと…俺とハルヒが付き合うようになればいいってことか?」 「そうです!涼宮さんが前々からあなたに好意的な態度や行動をとっているのはご存知でしょう?」 「…どういうことだ?」 俺の発言を聞いた途端、古泉の笑顔が消え、苦笑いをしている 後ろの長門も、何かいいたげな表情だ そして朝比奈さんを見ると、明らかに呆れ顔になっている…というより少し怒っているようだが… 「ちょっと待ってください…あなた、僕の言った意味が分かりますか?」 いや、何のことを言って… 「キョンくん…もしかしてふざけてるんですか?」 と朝比奈さんが少しすごんでいるような感じで話しかけてきた 「いや、本当に何のことだか…」 朝比奈さんはその言葉を聞いて、そっぽをむいてしまった やや、おおげさなため息が聞こえ 「いいですか?涼宮さんはあなたのことを気にしています。長門さんによれば不完全ながら恋愛感情をあなた抱いている… つまり、あなたの一押しでうまくいくことだってありえるかもしれないんです」 そんなことをいきなり言われてもな… 「でも、なんで付き合わなくちゃいけないんだ?」 またもため息… そんなに俺の発言が気に食わないのか? 「ですから、『この世界が必要だ』と涼宮さんが心から願ってくれればいいんです。あなたという大切な存在が必要だと思えば、 無意識に創造を止めるかもしれません…」 「そう…か?」 「ですが、必ず成功するとは言いきれませんよ。何せ人間関係というものは私達には想定できないものです。ましてやあの涼宮さん。 はっきり言うと悪いんですが、かなり変わった思考ですよね?」 それは…たしかだな… 学校全体でアンケートをとったら確実に『変わった人』との結果が出るだろう 「ですから、何をどう考えているかなんて分からないんです…ですから…」 「その場その場で対処の仕方がない…と?」 「そうです。ですから確実に成功するなんてことは言い切れません。ですが、あなたの気持ち次第で決まることです」 俺の気持ち次第で…か… 世界って本当に安くなったな… 俺の気持ちくらいで世界が救えるなんて… その後俺たちはどうするかを考えた 朝比奈さんに何か出来そうなことを聞いてみたが、過去への干渉はできないらしい。 というか未来の野郎どもは朝比奈さんの要求を全く受け付けないらしい つまり、俺のSF発言を消すことすら出来ない… まぁ出来るのなら、未来の俺が止めに来ていたはずだが… 結局、他に具体的方法がなく、俺とハルヒを結ばせる計画で世界を救うことになった もう、こんなことじゃ驚かなくなってきた自分を褒めてやりたい… だが、重大な問題がある ハルヒが小説を見せると言ったのは月曜 つまり、あと二日のうちに、ハルヒの創造を止めなければ、俺たちの世界が上書きされてしまうことになる 俺はとにかく今日は休んで、明日、明後日をどう過ごすかを考えていた いや、過ごすなんてもんじゃない どうやってハルヒと付き合えばいいのかを考えていた 次の日、見事なまでの晴れ このままいけば、世界が明後日には変わってしまうなどと、どのくらいの人が知っているのだろうか… 俺はまず昨日まとめた行動をとる 単純にデートだ まずは、電話で約束を取り付けないといけない 俺は携帯からハルヒの番号を選択した 3回のコール音の後、ハルヒが出た 「どうしたの?あんたがこんな早くに起きてるなんて珍しいわね」 俺は昨日考えておいた話をそのまま喋る こういうのはあんまり好きじゃないんだが… 「実はだな、妹と親が映画に行く予定だったんだが…熱がでてな」 「どうしたの?もしかしてデートのお誘い?」 すごいなハルヒ お前、本当は超能力者じゃないのか? 「まぁそんなところだ。どうだ一緒に行かないか?」 と言うと、数秒あいてから 「ほ、本当に?それじゃいくわ!何時に何処集合?」 向こう側のハルヒはかなりご機嫌のようだ というかハルヒってこんなに素直だったか? もっとこう…俺に対しては嫌味っぽいというか… これがみんなの言っていた俺に対しての好意なんだろうか… ここまで明確なら、俺でも分かるんだけどなぁ… まだ自覚が無さ過ぎる… 「そうだなぁ…じゃあいつもの駅前に10時くらいでいいか?」 「10時くらいじゃなくて10時よ!遅刻したら死刑じゃ済まないわよ!」 そう言って会話は終わった 俺はため息を吐き出しつつ、受話器を置いた この会話は嘘が多いい… まず、妹は熱なんてでていない 今も雄の三毛猫とじゃれている それに映画のチケットも古泉が用意してくれた しかも現金で2万も渡してくれるとは… 古泉いわく「男性は女性をエスコートして当然ですからね。お金が足りないなんてもってのほかです」 また、足りなくなったらすぐ言って欲しいとのことだった というかお前、この現金の入手経路とかって大丈夫なんだろうな… それにな古泉、もしかしたら俺の私欲で使い切ってしまうかもしれんぞ 今回の作戦は朝比奈さんも長門も古泉も来ないらしい 古泉か長門くらいは見張りに来ると思ってたが… なんでも相手が人間…ハルヒだからな 俺が困ってたって対処なんかできやしない… というか手助けはしない方がいいらしい… あくまで、自然な結びつきがベストだとのことだ つまり、今回は俺の意思を尊重するらしい… 下手をすれば世界は…というか俺のせいで『世界が変わっちゃいました』なんて絶対に嫌だからな そんなことになったら古泉がぐちぐちと文句をたらしてくるだろうし、謎の生物に遭遇して遊ばなくちゃいけなくなる 俺はそんなこと断固拒否だ 拒否出来んのなら是非、誰かに譲ってあげたいね 俺は適当に朝食を済ませ、時計を見た 今丁度9時… ゆっくり着替えて家を出ても十分間に合う時間だ 俺は身支度を済ませ、昨日古泉が用意してくれたチケット2枚を持って家を出ようとした 「キョンくん、もう起きてるの~?」 パジャマ姿の妹が出てきた そうだよ 俺は今から出かけるんだ それもデートだ いつかのみたいに小学生じゃないから まぁデートに行くなんて行ったら、後ろから着けて来そうだからな ここは適当に誤魔化さないとな 「ちょっと買い物だ。欲しい本があるからな」 と言うと 「それじゃあおみやげ買ってきてねぇ~」 とシャミセンで腹話術まがいをやってみせた 俺は適当に「はいはい」と流し、自転車に乗った 駅につくと、我らがSOS団 団長の涼宮ハルヒが仁王立ちでこっちを睨んでいた 俺が自転車を置いて、ゆっくり歩いて行くと 「遅いッ!なんでレディーを待たせんのよ!」 とハルヒが詰め寄ってきた 「いや…まぁこんなに早く来るとは思ってなかったんでな」 と言いつつ、笑って誤魔化したが 「私より遅かったんだから罰金よ!罰金!」 結局罰金かよ… その後、映画の始まる時間まで2時間近くあったため、いつものファミレスに入った もちろん俺のおごりらしい… まぁ金は大丈夫なんだがな ハルヒはパフェとカフェオレを頼み、俺はチーズケーキとコーヒーを頼んだ 「あんた、コーヒーなんか飲めたの?」 いや、コーヒーくらいは飲めるぞ 「そう、まぁ高校生にもなって苦いなんて言ってたら味覚がおかしいわよねぇ」 あー、俺はまだブラックなんぞ苦くて飲めないんだが… デザート類はすぐ運ばれてくる 注文して5分も経っていないのに、ドリンクとデザートが揃った 「うん、まぁまぁじゃないこのパフェ」 ハルヒは感想を述べている 安いパフェではあるが結構なボリュームだ 「結構な量だが、食べきれるのか?」 「大丈夫よ。それよりあんたのちょっと貰うわね」 と言い、俺のチーズケーキをかなりカットして口に運んでいった おいおい、俺まだ食ってないんだぞ というかちょっとじゃないだろ と細かく突っ込もうとしたが、なんとなくそんな気にならなかった なんでだろう…今日のハルヒはいつもよりご機嫌に見える いや、いつも元気はいいんだが… にこにこ顔でチーズケーキを頬張っている なんだか、見ているこっちも微笑ましくなってきた 「何?人の顔見て笑うなんて変な趣味ね」 どうやら顔が少し緩んでいたようだ 「あー。お前の食べっぷりがあまりにいいんでな。少し関心してたところだ」 「そんなとろこに関心しなくていいのよ」 と言い自分のパフェを楽しみだした 結局2時間もだらだらと会話を楽しみ、ファミレスを出た もちろん俺のおごりだ しかしそのくらいじゃ俺の財布はびくともせん 今の財布は豚の如く肥えてるからな 俺たちは今日のメインである映画館にやって来た まだ上映まで15分ほどあるが、丁度いい時間だろ 俺は二人分のチケットを受付に私入場した 適当にポップコーンでも買おうかと思ったが、ハルヒはいらないらしい 俺はハルヒの分と自分のコーラを買い、席についた 位置は丁度真ん中の真ん中 つまり映画を観る位置じゃ首も疲れなく、観れる位置だ 一度だけ一番前で観た自分なら分かる あの2時間たった後の耐え難い肩と首のこりは1500円も払ってまでして食らいたいものではない 「映画なんて久しぶりよ。中学生以来かな?」 なんだ SF映画ばっか観てると思ってたのに 「何言ってんの?映画なんてただの作り物でしょ?なんのリアリティーもない映画なんて観る時間が勿体無いくらいよ」 とスパッと言い放った だったらなんで俺の誘いにのったんだ 「だって…映画の券が勿体無いでしょ?キョンの親だって妹だって、無駄に捨てちゃうくらいなら使ってもらった方が嬉しいに 決まってるじゃない」 まぁそれはもっともだな と言ってもこれは親が買ったわけでも妹が買ったわけでもない 超能力者古泉がどこからか引っ張り出してきたチケットだ ちなみに入手経路は本当に分からん 偽造チケットなんかじゃないだろうな… ブーッという音はもう鳴らず、いきなり映画のCMが始まった もう上映の合図の音が鳴る映画館というのはないのだろうか… 延々続きそうな映画紹介が終わり、本編が始まった 内容はものすごく単純 簡単にまとめると… 強い男がいて、その近くにヒロイン的女性がいる んで、二人がSFチックな紛いごとに巻き込まれて… 女性大ピンチ!男が必死になって救出! 最後は結局ハッピーエンド… まるでこの手の映画を探したら何本出てくるのやら… 内容はまるっきり… というかアクション映画の王道過ぎて、どこまで真似物なのか分からん 最近のCGとかの技術はすごいもんだ…という感想くらいしか思いつかず、頭の中では『B級の上』程度に収まった ハルヒは映画が終わるなり 「あんた…こんな映画…妹が観たいって言ってたの?」 いや、妹は… 「あー。親父が観たいらしくてな。それでついでに妹も…ってことで2枚買ったらしい」 「ふ~ん…でも何かあれね。どっかで観た感じ。もうアクション映画なんて見飽きるからね。 でも最近の技術ってすごいわね。爆発とかかなりリアルだったじゃない」 まぁそれなりの評価らしい 少し安心だ 「でも…評価するなら…『B級の上』くらいじゃない?」 と俺の目の前で人差し指を立てて、言った 全くもってその通り というか俺の考えを読むな 本当に超能力者かお前… 無事映画も終わり、時間は午後2時 丁度腹も空いていたので、どこかによることになった と言っても中々良い場所がない ハルヒも 「もうどこでもいいわ。私お腹空いてきちゃったし」 と言うので、近くのファミレスに入った いつも集まっているファミレスとは違うファミレスだ まぁ大して変わらないのだが、ここは大きなドリンクバーがあって、最初にドリンクを頼めば飲み放題らしい 「飲み放題っていいわね!駅前のファミレスもここと同じことすればもっと売り上げが上がるのに」 いや、そんなことしたらあそこが俺たちの部室に変わってしまう 毎日毎日5人が来て3,4時間も…だらだらと飲み物を消費されたんじゃあ、店側の利益も下がったりだろう ハルヒと俺は和食セットとドリンクを頼んだが 「私と同じの頼まないの。あんたは違うのにしなさい」 と言われ、ドリアセットに変えた 飯くらい好きな物食わせろよ… 俺がドリンクバーに飲み物を取りに行こうとすると 「私お茶でいいわ」 お前俺に行かせる気かよ 「当たり前でしょ。団長だもん」 今は部活中じゃないぞ お前の団長命令は無効化だ と言わず、俺はお茶の入ったカップを2つ持ってきた 「ありがと」 と言ってハルヒはお茶をごくごくと飲む 数分経ってから、和食セットとドリアセットが運ばれてきた ここは注文してからも結構早く運ばれてくるな 案外ここの方が駅前のファミレスよりいいかもしれん ドリンクも飲み放題だし さっそくドリアを食べようとすると 「私もちょっと食べたいわ」 と言い、俺のスプーンを取り上げ、ドリアを一口食べた だから、勝手に食うなって…俺まだ一口も食べてないんだぞ 「熱ッ!」 と言い、はふはふと口を動かしつつ、スプーンを返してきた 「うん、結構おいしいじゃない」 感想を述べ、自分の料理に手をつけ始めた まったく…と言い、俺はドリアを食べ始めた …たしかに熱い…少し冷まさないと火傷するな… 一口だけ食べてスプーンを置くと、ハルヒがこちらを見ている どことなく頬のあたりがほんのりと赤い 「どうした?」 「い、いや…なんでも…それより食べないの?」 少し動揺気味のハルヒ なんだ 俺何かしたのか? 「いや、熱くてな。もう少し冷めてから食べる」 「そ、そう」 ハルヒはそう言うと、顔を下に向け和食セットを食べていった 結局俺とハルヒは食事が終わるまで全く会話がなく、俺が話しかけても 「そう…」「うん…」 程度に、あいづちくらいしかうってくれなかった なんだよこの空気 俺何かしたのか? 食事を済ませ、ファミレスから出る まだ、うつむいてるっぽいハルヒに 「どうした?大丈夫か?」 と話しかけると 「何が?別に何もないわよ。それよりどっかに行きましょ!」 と言い、ズンズンと歩いていく なんだあれは…訳が分からん その後、近くにあったゲームセンターにより、適当に暇を潰した 格闘ゲームやレースゲームでハルヒから挑戦を受けたが、見事に惨敗 こいつ、勉強だけじゃなくなんでも出来るのか… 俺にも何か一つくらい才能とやらを分けてもらいたいね 一通りゲームをすると、ハルヒがUFOキャッチャーがやりたいと言いだした さっそくハルヒがコインを投入し、挑戦してみるが…あっけなく失敗 その後5回も挑戦するものの全て失敗 というか一度も人形をつかめていない どうもさっきからやたら大きい人形を狙っているよだ だが普通に考えてあんな大きい獲物は無理だ だが6回目もハルヒはそれを狙っていた 見るにみかねた俺が「一回やらせてくれ」といいコインを投入 ハルヒが 「そこのおっきいのよ!それよそれ!絶対それよ!」 耳元でがなり声を上げるな 俺はハルヒの指示通りでかい熊の人形を狙う が、これは確実に無理だ アームだってさっきから見てたが弱すぎるだろ が、アームが上に上がってくると、うまく熊の手を絡めとっていた こんだけでかい人形がこうもうまく引っ掛かるとは思っていなかったのでびっくりしていたが見後ににキャッチ しかもそのまま落ちず難なく手に入った 「やるじゃないキョン!さすがね!何か新しい階級を与えないといけないわね!」 と大喜びしながら熊を抱えるハルヒ ああ、是非とも新しい階級が欲しいね もう雑用係はごめんだからな 俺の取った熊に大満足で笑みを浮かべるハルヒ なぜだろう…いつもは見慣れないからか、ハルヒの笑顔を見るとドキッとしてしまう 今日の俺は変だな… やはり昨日の古泉や長門の発言のせいだろう… ハルヒは熊の人形を両手で抱えながら俺の隣を歩いている 時間は5時… もうすることもなくなったし適当に散歩だ 俺たちは何気なくあの通りに来ていた 初めて朝比奈さんが自分の正体を明かしたあの場所だ 俺は近くのベンチに座り、昨日のまとめた考えを浮かべていった デートが終わった後、俺はハルヒに告白をする これだけだった… でも不安だった… 俺はノリで人を好きになんてなる方じゃない むしろ好きになったとしても告白なんてな… そんな度胸は持ち合わせてはいない それに俺の中では、ハルヒへの想いがまだ決まっていなかった だが、ここで俺がハルヒと付き合わなければ… 世界は必ずと言っていい 変わってしまうのだ 平穏な生活が砕かれ、未知の世界へと変貌を遂げてしまう… 俺はそのことを肝に命じ、どう告白をしようかと考えていた すると突然 「何か来たわよ…」 とハルヒが言う 俺が顔を上げると、にたにたと笑う谷口と国木田がこっちに歩いて来ていた やばい、やばい… こんな状況を見られたら…いやそれは別にかまわん… いや…そうじゃなく…あいつらが来たら告白なんて不可能だ…絶対無理だ… 頼むからどっかに消えてくれ…と願ったが、その願いも虚しく二人が目の前まで来た 「キョン…お前コイツと付き合ってたのか…?」 唐突に谷口が言う お前、あからさまに楽しんでるな 内心かなりムッとした まぁ今から告白するところだったんだが だいたいなんでこっちに来るんだよ 「あんたには関係ないでしょ。どっか行ってよ」 いきなりハルヒが谷口に向かって言った 少し怒っているようだが… 「おいおい、涼宮がマジになるってことは…」 谷口は手を口の前に持っていき不敵な笑みを浮かべている お前は中学生か あからさまに俺とハルヒが一緒に居ることを楽しんでいる その笑みは微笑ましいというより、変わったものを見て楽しんでいるような感じだ …お前はそんなにハルヒが嫌いなのか? 俺は思わず 「お前は関係ないだろ」 と言うと 「おやおや、キョンまで怒るのか?…あ、それとも今から告白するところだったか?」 こいつ…なんでこんな時に鋭いんだよ… いっつも馬鹿みたいな考えしか持たんくせに… 「まぁまぁ、そうだったら僕達はお邪魔みたいだし、そろそろ帰ろうよ」 と国木田が谷口を静止させよとする 「キョン、言っとくが涼宮は変わり者だぞ。前も言っただろ?」 谷口がそう言った瞬間、俺の中で何かが弾けた なんでお前が変わり者なんていうんだ? 変わり者? ああ、そうだ ハルヒは確かに変わった女子高生だろう 自己紹介で『宇宙人、未来人、超能力者がいたら私のところに来なさい』と言うくらいの筋金入りの変人だ そう変わり者…だから? だからどうした? そんな発想があるだけいいじゃないか 少なくとも谷口 お前はそんな夢のある考えを持っているのか? いつもいつもハルヒの行動にケチをつける割りにはお前は何かしているのか? そりゃ周りから見ればただの奇行かもしれん… でもな、お前のようにへらへらしてるだけの女好きにそんなこと言う資格なんてないだろ? それにな、俺はハルヒと一緒にいる今が一番楽しいんだよ! それを何もしていないお前に言われるのは腹が立つんだよ なんで自分のやりたいことをやってる人を馬鹿にするようなことを言うんだ 何もしない人間が何かをしている人に対して愚痴をたれるのはいかなる場合であってもいいはずがない それを本人の前で言うなんてもってのほかだ お前のようなやつがハルヒのことを悪く言うのは許せんぞ 俺がそう考えているうちに、勝手に体が動いていた 今、考えていたことが声にでていたのかは分からない… だが、今俺の目の前には顔をゆがめている谷口の顔があった 俺は今谷口の首元を掴み、目の前に引き寄せている そして右手が拳を作り、今にも殴りかかろうとしていた 「ちょ、キョン落ち着いて」 国木田が静止させようと俺の左腕を掴んでいる 俺は…谷口を殴ろうとしていた? 「ッ……」 谷口が俺の手を振り払うと、国木田に引っ張られ、去って行った その後ろ姿を呆然と眺めていると、 「えっと…その…」 ハルヒが何かを言おうとしている… 「ごめん…帰る!」 と言い、ハルヒがベンチから離れ駆け出した 「おい!ハルヒ!!」 と叫んだが、ハルヒは振り向いてもくれずそのまま去って行った 一人自宅へ帰り、部屋に戻った… あれはよくなかったかもしれない… だがあまり後悔はしていない というか殴ってやるべきだったろうか… 谷口がハルヒを馬鹿にした それが俺の勘に触っただけだ そしてさっきの考えと行動をまとめ…俺は自分の思いに気がついた 『ハルヒのことを好きになりつつある』 いつもいつも周りのことを考えず、半場やけ気味になっても突っ込んでいく 俺も朝比奈さんも長門も古泉も… 全員がハルヒの思いつくがままに動いてきた たまには、本気で嫌になったり、こんなことも楽しいじゃないか、とも思ったり… 俺もハルヒに会って色々と変わったのかもしれない 俺がもし『曜日で髪型変えるのは宇宙人対策か?』とあの日話しかけなかったら… 今頃、谷口と国木田で馬鹿三人組みになっていただろう それに朝比奈さんにも、長門にも、古泉にも会わなかっただろう だから今、俺がSOS団に所属しているのは本望なのかもしれない だらだらと過ごす毎日 ただそれが、4人といるだけの生活が当たり前の様になってから気づいた この非日常的な『当たり前』こそが俺の望んでいた高校生活なんじゃないか? 巨大カマドウマに襲われたり、クラスメイトに殺されそうになったり…未来に飛ばされたり… こんな非日常が楽しい…そんな気持ちがどこかにあったんじゃないか? そして、昨日の長門と古泉の発言で、俺はまた変わってしまった 『涼宮ハルヒはあなたに恋愛感情を芽生えさせている』 『涼宮さんはあなたのことを気にしています』 この二言で十分だった 俺は今日一日、ハルヒの見方が変わった あいつの何気ない笑顔、褒めるとそっけなくする態度 そんな仕草が愛らしく感じれるようになっていた… いや、今気づけばずっとそんな感じだったのだろう… ハルヒが俺に向ける笑顔… 今思い出せば、俺はハルヒの思いに気づいていたのかもしれない… だが、気づいてしまえば日常が変わってしまうかもしれない… そんな思いがどことなくあった気がする… でも、そんな思いでは終わらせない 俺は世界を救うためではなく、自分のためにハルヒに告白をする 勝手かもしれんが、これは譲れんぞ 文句があるんなら出て来い 俺は何がなんでも自分の意思でハルヒに告白するからな 俺は一旦風呂に入り、自分の考えをまとめていった まず、俺はハルヒに連絡を取らなければいけない… 風呂から上がった俺は、すぐさまハルヒに電話を掛けた 何回かコール音がなって『留守番電話サービス』が流れ出した 一度切り、もう一度掛け直す …だが、ハルヒは出てこない… なんでだよ 俺は古泉に電話を掛けた コール音が一度鳴る前に古泉の声が聞こえてきた 「どうしたんですか?何かあったんですか?」 俺は古泉に分かる限りのことを説明した 「そうですか…」 と力なく声が返ってきた 「実は組織の者が涼宮さんを目撃しているんです。少し元気の無さそうな顔で家へと帰って行ったようですが…」 「そうか…」 でも何故俺の電話に出てくれないんだ? 「分かりません…でも、電話に出てくれない以上会うしかないでしょうね」 「会うって…今すぐか?」 俺は窓の外を見る とっくに日は沈んで空を黒い雲が包んでいる 「今日はもう遅いですからね…明日にした方が懸命でしょう…」 俺はその言葉を聞き、ため息をついた 俺は何をしてしまったんだ… ただハルヒのことを思って… 「あなたは今自分の気持ちに気づいているんでしょう?」 ああ、お前らのおかげでな 「だったら簡単な話です。あなたがちゃんと自分なりに想いを伝えればいいだけのことです」 こいつ、そんなことさらっと言うなよ… 「今から涼宮さんの自宅の住所を言います。明日必ず涼宮さんに想いを伝えてください」 お前…いつハルヒの家なんか調べたんだよ 「そんなこと、転校してくる以前から知ってますよ」 「それで、直接会うのか?」 「当たり前でしょう。電話に出てする告白なんて意味を成しません」 そりゃ…電話で言う気はなかったが… 「明日の行動はおまかせします。ですが、間違ってもいつものように嫌味っぽく言ってはいけませんよ」 俺はそんなに嫌味っぽく喋ってるのか? 「いえ…明日くらいは涼宮さんを女性として見てあげてください」 そんなこと言われなくても分かってる 「そうですか…それじゃあ住所を言います」 そう言って古泉はハルヒの家の住所を言っていった 俺は机の近くにあった紙に住所を書いていく ハルヒの家は案外遠くなく、自転車で30分も掛からない場所だった 「私から言うことはもう何もありません。あとはあなた次第ですよ」 俺は「ああ」とだけ答えを返した ベッドに仰向けに倒れ込み、俺は考える もしかしたら俺の告白で今までの日常が全くの別物になってしまうかもしれない… 告白とはこんなに自分を追い詰めてしまうものなのか…と思ったが、あいつに想いを伝えることができればいいんだ 駄目なら駄目 新しい世界を満喫してやろうじゃないか どっちにしたって俺はお前の近くにいてやるぞ 次の日、目が覚めたのは午後3時だった 空は異様なまでに分厚い雲に覆われている 夜中まで色々と考えていたからだろうか…頭が重い… だが、今日は必ずしないといけないことがある 世界のためでもあるが、俺のためでもある 『ハルヒへの告白』 俺は身支度を済ませ、ハルヒの家へと向かった 色々な考えが頭に浮かび上がってくる 告白した後はどうなるんだ… ハルヒはどう答えてくれるんだ… もし駄目だったら… そうこう考えているうちに着いてしまった 2階建ての家 なんとなく俺の家の形に似ているような… 俺は深く深呼吸をし、扉の前へと向かった 大丈夫…落ち着こう、俺 そう言い聞かせ、俺はチャイムを押した 誰か出てくるまでが異常に長い… 早く誰か出てくれ… 俺は掌に汗を握りつつ、ひたすら待った まるで何十分も経ったのかと思うほど長い間 尋常じゃないくらいの心音が体中に響いていく すると、突然扉が開いた 出てきたのはハルヒだった 俺の顔を見て、一瞬驚いていたがすぐ目を逸らし 「何よ。ってかなんで私の家知ってんのよ」 と小声で喋っている 「少し、大事な話があるんだが…いいか?」 と聞いてみる ハルヒは下を向いたまま… 少しくらい目を合わせてくれよ… 本当に大事な話なんだ… ハルヒはそのまま数十秒黙ってから… 「今忙しいから…」 と言い、勢いよく扉を閉めた 「ハルヒッ!!」 大声で呼んだが、もう遅かった… ガチャッという音とともに扉の鍵も閉められた… 悪態をつくしかなかった 自分の自転車を蹴り、自分の不甲斐なさに腹が立った… 俺がハルヒに何かをしてしまったのかは分からない… でもあいつを悩ませるようなことを俺はしてしまった そんな自分にどうしようもなく腹がたち、それすら覚えていないという自分に自己嫌悪の念がのし掛かってきた でも、悩んでいてもしょうがない 俺はハルヒに電話を掛けた だが、何度コールしてみてもハルヒは一向にでようとしない 仕方なく古泉に連絡を入れると 「分かりました。僕からも掛けてみましょう」 と言い、一旦切られた と同時に雨が降り始めた このくそったれが… 思いっきり追い討ちじゃないか っていうか雨なんか降らないでくれ…振られたみたいで…やりきれなくなる… 数分後、古泉から着信がきた 「駄目でした。僕からの連絡に出てもらえません。一応朝比奈さんと長門さんにも頼みましたが、駄目でした」 そんな…俺以外のみんな連絡すら受け付けてくれないのか… 「俺は…何をしたんだろう…」 「それはあなたにしか分からないでしょう…」 古泉はため息をつく… 「今のところ閉鎖空間は消えています。たぶん昨日のあなたが涼宮さんに何らかの影響を与えたのでしょう。 今涼宮さんはSFの小説を書いていませんし、創造も全くしていません」 そうか… 「ですが、このままではいけません…」 「どういうことだ?」 「今、涼宮さんは精神的にかなり不安定な状態で留まっています。このままならまだ大丈夫なのですが、 このままの状態を保つことはできないそうです」 出来ないそうです?って誰が言ってたんだよ 「さっき長門さんに聞きました。長門さんによれば、今涼宮さんは閉鎖空間をすぐにでも作れる状態にまできています。 簡単に言うと、コップにいっぱいの水が入っている状態です」 例えが良く分からんぞ ちゃんと説明してくれ 「ですから、そのコップに入っている水が涼宮さんの…今は何か分かりませんが、 まぁ『憤りや悩みの塊』のようなものだと思ってください。これが今ふちいっぱいまで溜まっています」 だから? 「この中の水が溢れなければ、それでいいんです。ですが、あなたと今度会った時、あなたの行動によっては…その水が溢れ出します。 つまり閉鎖空間が作られることになります」 「でも、閉鎖空間が出来たとしても、お前ら超能力者が処理するんじゃないのか?」 「そうです。ですが、今回は訳が違う。長門さんによると次の閉鎖空間が発生するのは地球全体規模なんです」 地球全体? 「つまり、地球全体に閉鎖空間が出来てしまいます。そして…」 古泉がここまで喋って一旦間をおいた そして 「私たちでも片付けきれない神人が出現する可能性があります。そして対応できなくなった神人が…現実世界に現れるでしょう」 おいおいおい、いくらなんでもそりゃないだろ あんな神人のオンパレードなんかされたら半日で地球は穴だらけだぞ 「どうやったら止めれるんだ?」 「神人の行動は私たちだけでは対応しきれないでしょう…もって一日…いや、二日も経つ前に…」 今俺の近くに神様とやらがいるのなら、これが全て嘘だと言って欲しい 「じゃあ、逆にその水を取り除くことだって可能なんだろ?」 「たしかに出来るかもしれません…ですが、あなたは何故涼宮さんが悩んでいるのかが分かっていないのでしょう?」 そうだ… 俺はハルヒが何故あの日帰ってしまったのが分からなかった… ただ必死に谷口に迫っていって… 「あなたが涼宮さんの『憤りや悩みの塊』の元であるそれを思い出さない限り、難しいかもしれません… とにかく明日は必ず学校へ来てください」 当たり前だ こんな気持ちのまま終わらせるつもりはない 絶対にいつもの日常に戻してやる そして俺の想いを… ハルヒ、お前に伝えてやる 次の日、俺はいつもよりかなり早く学校へ来た 何故か、鍵は開いているのだが教室には俺一人だけ 一人席につく そのまま外を見つめ呆然とする ハルヒが来ないと何もできないからな… しかし、いくら待ってもハルヒは来ない クラス全員の椅子が埋まり、そろそろ担任が来る時間だと言うのにハルヒは来そうにない… 結局ハルヒは来ず、岡部が入ってきた… 一体どうしたんだよ ハルヒ… 俺はふと、自分の机の中にあった紙に気づく 小さくて気づかなかったが、どこかで見たことのある字だった 『今日、午後5時 屋上に』 たったそれだけ… いつも書く字とは違い、少し丁寧な字… あいつの字がノートの切れ端に書かれていた 俺はその紙を見てから何度も今までのことを思い出していた SOS団が出来てから… そして今日までのことを… 気づけば、午後の授業が終わり、皆下校している時間になっていた どれだけの間呆けていたのだろう… 俺はあの切れ端を一度見たあとポケットにしまい、屋上に向かった 屋上の扉を前にして時計を見る ちょうど5時… ふぅっ…と息を吐き、自分に言い聞かせた 『俺はハルヒに想いを告げる』 もちろん自分のためにだ 世界のことなんか俺にはどうでもいい 俺は屋上への扉を開けた 夕焼けをバックに、仁王立ちでこっちを見ていた 「ぎりぎりセーフよ」 と言い、俺の前までやってくる 表情はどことなく寂しげだ 「あんた…怒らないの?」 なんで?俺が怒るんだ? 「だって…私、電話出なかったでしょ?」 「ああ、でも怒るほどのことじゃないだろ?」 「そう…なの?」 とハルヒは少し表情をくずした 「実はね…ずっと悩んでたのよ…あんたの言葉を聞いてから…」 俺の言葉? 「そうよ…正直、びっくりというか…」 そう言ってハルヒは俯いた ちょっと待て? あんたの言葉って…何かいったのか?俺 「何って…谷口に言ってたでしょ?」 「ハルヒ…俺何か言ってたか?」 その言葉を聞いてハルヒは 「あんた自分で言ったことも覚えてないの?私のことを変わり者って言った後、あんたすごい顔で谷口に言ってたじゃない! なんか…その…私のことを…」 ハルヒはかなり本気で怒っているようだが…後半はまた俯いてしまっている 谷口に…言った? あの時の…全部…声に出てたのか? 「ハルヒ…あー…どこらへんまで覚えてるんだ?」 と不安げに聞いてみると 「全部に決まってるじゃない!!あんたがあんなこと言うなんて思ってもみなかったわよ!!」 あんな台詞を全て口に出してたなんて信じられない 俺は熱くなると、そんなに思考が回らなくなる人間だったのだろうか… いや…頭は回ってたんだ… 後悔しつつ、思っていたことを既に言ってしまっていた自分が恥ずかしかった 「でね…私…どうすればいいのかなって…結局答えが見つからないであんたを呼び出しちゃったんだけど…」 ハルヒが今まで見たことのないような表情で俺に言う 「私はね…あんたのことが好きだったのよ」 突然の告白…に俺は驚く 「最初はね、私に空気みたいに一緒についてくれててさ。どんなわがままを言ったときだっていつも一緒に居てくれた。 本当に頼りになるなって…中学校じゃそんなやつは一人もいなかったからね」 「でも、キョンは違った。いっつも文句言いながら私の側に居てくれる。ひどいことをしたって許してくれる。 そんなキョンがあの日…階段から落ちた日…私は本気であんたの心配をしたわ」 「自分でもびっくりするぐらい。何故かキョンを失いたくないって…思ったの…でね、気づいたらキョンのことが好きだったのよ」 あの日俺が階段から落ちた日… 古泉によれば、ハルヒの焦りようは尋常じゃなかったらしい 「でも…キョンはいつも私の行動に文句をつけてたでしょ?だから告白して付き合えるなんて思えなかったの」 それは違う…俺は… 「それに…もし告白したら、今までの日常が壊れちゃうんじゃないかなって…」 …ハルヒは…俺と同じことを悩んでいたのか…? 「キョンが一緒に居てくれるのは嬉しい。でも、今のみんなで街を探索したりする…何気ない活動も楽しくて仕方が無かったの… だから…告白も出来ないくらいなら…そんな気持ちを忘れたいって思うようになったの…」 「でもね、昨日のキョンの一言で私の考えが変わっちゃったの。好きって気持ちを忘れようとしてたのに… あんたのせいで…しかもあんなこと言うなんて思わなかったし…」 「だから勝手に…その、びっくりしちゃって…顔なんか合わせられなかったのよ…」 ハルヒはここまで言い切って、ふぅと息をついた ハルヒがここまで俺のことを想っていてくれた… 驚いていたが、物凄く嬉しかった… それに俺は答えたい…お前の告白に… そして、俺の想いを伝えた 「俺はな、お前のこと好きだとは思ってなかったんだ」 その言葉を聞いてハルヒがこちらを向く お前…もう涙目になってるぞ… 俺は落ち着いて続きを言う 「最初は…変わってるなぁ…としか思わなかったんだ…それにいきなりSOS団だって立てちまうし… あまりにも突然過ぎる行動が多かったんだよ」 さらに不安げな表情になっていくハルヒ 大丈夫だ 安心してくれ 「けどな、俺もお前と同じで非日常的な生活を望んでたんだよ。そしてそれを叶えてくれたのがハルヒ…お前なんだ」 その言葉にキョトンとした顔をこちらに向ける 「お前の行動はいつも突然で、おかしいことばっかりだった。でも、お前と一緒にいるとそれが楽しくて仕方が無かったんだ。 だから俺はいつもSOS団に顔をだしたし、お前がバカなことやってたって味方だったんだ」 そうだ…俺は今の生活が楽しくて仕方が無かった 「でも、俺は自分の気持ちに気づかなかった。いつもお前といることが楽しいと感じているだけだと思ってたんだ… でも違った…俺はいつからかお前の気持ちに気づいていた…気がする…」 「俺はお前の笑った顔にびくついてたんだ…なんでお前の笑顔を見てこんな気持ちになるのか分からない… だから頭の中で必死に言い訳を続けたんだ。『ハルヒが笑っているだけだ』と…俺がお前に恋心とやらを抱いているんじゃないと… そうやって、俺はお前の想いから逃げてたんだ」 「けど、俺はお前の前で無意識にあれだけのことを言ったんだ」 あれだけのこと… 自分で言えば、分かって当然だ 俺はハルヒへの想いを必死になって隠していた 「でも、もう隠すのは嫌なんだ。だから…」 そこまで言って、黙ってしまった… 俺…続き言えよ… ラストだぞ ラスト 『好きだ』って言えばいいんだって… 目の前のハルヒが顔を真っ赤にしている 「えと…その…」 ハルヒも何かを言いたげにしている… あと一言だ あと一言 そして目をつぶり深呼吸をした瞬間あの一言を言った 「俺は… 「私は… その言葉に俺とハルヒは絶句 なんてタイミングなんだよ 俺は狙ってやってないぞ…だいたいそんなに器用なことはできん 二人の言葉が重なるなんて… おいおい…こんなことはドラマの中だけで十分だろ… 俺はハルヒの前で思いっきり深呼吸し 「えっと…ハルヒ聞いてくれ」 唐突に口を開いたが、 「ちょっと待って、私が先よ!私に言わせなさい!」 と、ハルヒに発言の権を取られた ハルヒは俺のネクタイをわしづかみ顔の前まで引き寄せた 顔を真っ赤にした、涙目のハルヒ 思わず『可愛いよ』と言ってやりたいところだが、今はハルヒの一言を聞こうじゃないか さぁ、ハルヒ 思いっきり言ってくれ 「私…あんたのこと好きだから」 言ってしまった… ハルヒはそんな顔をしながら俺の顔を見つめる だが、ネクタイは離してくれない 俺は少し腰をおったままの姿勢で言ってやる 「俺もだ…俺もお前のことが好きだ」 そう言った瞬間、ハルヒは声を上げて泣き出した それも泣き方がすごい… お前、どんな泣き方だよ… ああ…鼻水でちゃってるし… 俺はハルヒを引き寄せて、腕で包み込んだ 俺の胸あたりで、子供がぐずるような声をだしつつハルヒが泣いている 胸元がじんわりと暖かくなっていく そんな姿がとても愛おしく感じられる ああ…なんか最近俺の思考が変になってきたな… おかしいぞ 俺 どのくらい泣いていたのだろう… ハルヒは顔上げて何か言いたげにしている 「どうした?」 と聞くと 「びっくりして…ちょっと…」 照れくさそうに笑うが涙でてるぞ あと鼻水 ティッシュが無いので、制服の袖で鼻を拭いてやる そして、少し落ち着いてから 「あんたがそう言ってくれるなんて…思ってなかったから…」 「でも、そう望んだんじゃないのか?」 ハルヒにはその力がある 願えば、そんなことは簡単に叶ってしまう だから俺はハルヒにちゃんとした答えを出してあげられた… いや、でもこれは俺の想いだ ハルヒが想ったからじゃなくて、俺が勝手にハルヒを好きになっただけ そんだけだ ハルヒはひたすら泣いている なんだが俺が泣かせてしまったようで…たしかに俺が泣かせてしまったんだけど… 俺はハルヒの肩に手を置いた そして、おでこにキスをする ハルヒは…まるでバカを見るような目で俺を見ている あー… やっちゃったよ 俺 これもあれか? ハルヒの想像力ってやつか? っていうかなんでおでこにしたんだよ… 普通口だろ? 「口じゃないの?」 お前、やっぱり超能力者だろ… なんでそうやって俺の考えが読み取れるんだよ… 「普通は口でしょ?」 ハルヒは潤んだ瞳で俺見つつ言った 俺の答えを待っているようだ いきなり指摘される…やはり照れる… 俺がどうしようかと迷っていると 唇に暖かい物が触れた ちょうど人の体温くらいの…たぶん唇だ 確証はないが自身があるぞ というか反則だ…攻撃側は俺だろ? 俺は呆けた顔でハルヒを見た 「仕返しよ。あんたにやられっぱなしじゃ嫌だからね」 と言い、意地悪っぽい笑顔を俺に向け、抱きついてきた 後日談 昨日の告白の後 ハルヒはハルヒじゃなかった 異常な程ハイテンションになるのかと思っていたが… まるで長門のようにおとなしくなってしまい 「あー。嬉しい」 と小声で喋りつつ俺をやたらと叩く その後普通に帰宅しようとしたが、 「キョン。家まで送ってよ」 とのご命令があったので、団長様を家まで送ってやった 自転車に二人乗りをしている途中 「明日からは、私もあんたの家に行くから」 とハルヒが喋りだした 「ん?」 とわざと呆けてやると 「だから!あんたの家まで朝行くから!一緒に登校!」 「はいはい。時間は?」 そんなことでムキにならんでくれ 可愛くないぞ 「そ、そう?」 「嘘だ」 こうやってからかうとすぐムキになる ちょ、痛 お前殴りすぎだ 俺はどさくさに紛れて 「冗談だ、冗談。可愛いぞ」 この一言で我らが団長は顔を真っ赤にして 「バカ…」 の一言 「明日は…7時くらいでいいか?」 「うん…」 やけに素直なハルヒもまた珍しい 俺はそう約束をとりつけ、家へと帰宅した 結局ハルヒは閉鎖空間を生み出さなかったらしい とのメールが古泉から届いていた。 ハルヒに告白してから次の日 俺はいつもより早く目覚めた まぁそれなりの目的があるからな 適当に身支度を済ませ、早々に家を出た 今日はいつもの登校とは違う 家を出るとすぐそこにハルヒがいる 「あんたってホントに女を待たせるのが好きね。その趣味直した方がいいわよ」 告白したって俺への態度はいつもとなんら変わりない というか変わって欲しくないな 「あー。まぁ今後は直すように気をつける」 俺はそう言い、自転車を引っ張り出してきた というか俺にはそんな趣味はないぞ 「だったらさっさと直してよ」 ハルヒは俺に指をさしつつ言った 今日からはハルヒと一緒に登校になる しかし何故か、ハルヒは俺と全く同じ自転車に乗ってきた 「昨日近くに売ってたからね。親に買ってもらったのよ」 って自転車まで一緒にするなよ 「いいじゃない。ペアルック?みたいなもんでしょ」 「だったらキーホルダーとかの方がいいんじゃないか?」 「まぁなんでもいいじゃない」 今日のハルヒはいつものハルヒだ こいつはこの2日間に何があったかなんて知らないんだろうな… 他愛のない会話を女の子と楽しみつつの登校… 男子学生なら一度は夢見る一時だろ 今となっちゃあのハルヒが俺の隣にいるわけだが… 俺はこれはこれで…というかかなり満足している 学校への道がこんなに短く感じたのは、生涯初めてかもしれん… 俺達は自分たちの教室へと入る 少し早く来すぎたらしく、まだ一人もいない 俺とハルヒは教室の端にある席へと座る 「今日から活動再開か?」 という問いに 「もちろんでしょ!」 と満面の笑みを浮かべた やっといつもの日常が戻ってきた でも今日からは少し違うな 俺はハルヒの彼氏になったんだし… 「なぁ、ハルヒ」 「何?」 なぜかハルヒは…俺の問いに嬉しそうに反応する 「俺、ポニーテール萌えだから」 「は?」 と呆けた顔のあと 「それどっかで聞いたことあるわよ」 「そうか?」 「たしか…夢でみた…気がする…」 それは夢じゃない…はずなんだけどな… 「だからさ、髪が伸びたらポニーテールにしろよ」 END
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/774.html
学年末試験、ハルヒの叱咤に少しは奮起した甲斐があってか、 進級には問題のないくらいの手ごたえはあった。 ハルヒのやつは 「この私が直々に教えてあげたんだから、学年三十番以内に入ってなかったら死刑よ」 とか言っていたが、今まで百番以内にもはいったことがない俺にそんな成績が急に取れたら詐欺ってやつだ。 それよりも試験という苦行からようやく解放されて、 目の前に春休みが迫っていることに期待を募らせるほうが高校生らしくていい。 なんだかんだでここに来てから一年たっちまう。 二度とごめんな体験含めて普通の高校生にはちと味わえそうにない一年だったが、 学年が上がればハルヒの奴ともクラスが変わるだろうし、 ようやく少しはまともな高校生活が送れるかもしれない。 席替えの時のジンクスもあるが、さすがにそれはクラス替えではないと信じたい。 いや……お願いしたい。 とまあ、俺はすでに学年が上がった後のことばかり考えていたが、当然そうでない奴もいた。 当然、涼宮ハルヒである。 終業式の三日前、朝のHR終了間際に担任の岡部が発した言葉から事が始まった。 「あー、一つ忘れてたことがある」 と、岡部はこちらの方を見た。 まさか、成績か? 試験できてなかったのか? 自信がそこそこあっただけに内心冷や冷やだったが、岡部が発した名前は意外にも俺の後ろに座る奴の名前だった。 「涼宮、連絡があるから昼休みに職員室に来るように。以上だ」 大抵この時間も机に突っ伏して寝ていることが多いハルヒは、 急に電源の入ったロボットのように顔を上げるとハルヒらしくもない意外な顔をしていた。 「あたし?」 「そうだ。昼休み都合悪いのか?」 ハルヒの若干の視線を感じたが、俺はあえて後ろを向くことはなかった。 「別にいいわよ」 「……それじゃ授業の準備しとけよー」 ハルヒにタメ口で話されることにも岡部は慣れたようで、若干煮え切らないような複雑な表情で教室を出て行った。 そして案の定、ハルヒは俺の襟を掴むと自分の方に強引に振り向かせる。 「なんだ?」 「ねえ、何で私が呼び出しくらってるのよ」 「知るか」 「問題になるようなことした覚えもないわよ」 それはお前の常識内での問題であって、学校側にしてみれば大問題な行動を取っていることを理解してくれ。 屋上から豆を撒いたり、どう考えても問題行動だからな。 それにしてもだ。 今まで生徒会がいちゃもんをつけてくることがあっても、教師側から特別ああしろこうしろと 言ってきたことはほとんどない。 逆に言えば、ハルヒが教師のところに突撃していくことは何度かあったはずだが。。 「ま、行けばわかることよね」 ハルヒはそう言うとあくびをして再び机に突っ伏した。 昼休みになるなり、ハルヒは教室を飛び出していった。 少しして弁当を持って谷口がやってきた。国木田も一緒だ。 「そういえば、涼宮さん呼び出されてたよね。岡部に」 「あいつが教師に呼び出されるなんて中学時代じゃそんな珍しいことじゃなかったけどな」 谷口がハルヒの席について弁当を広げ始める。 「高校生になってちったぁましになったかと思えば、結局呼び出しか」 「でも、最近そんな大騒ぎしてたっけ? キョンは心当たりないの?」 心当たりなんて数え始めたらきりがない。 「キョンもすっかり涼宮色に染まっちまったからなあ。感覚が麻痺してるんだろ」 それは否定し難い事実だが、お前に言われるとやはり腹が立つ。 「でも、そろそろクラス替えだから涼宮さんとも別々になるのかな。キョンは一緒になりそうだけど」 「俺も早くあの迷惑女との同じクラスから解放されたいぜ」 「誰が迷惑女よ」 いつのまにかハルヒが横に立っていた。 突然の登場に谷口は口の中に入れていたものを軽く噴出した。 「もう終わったのか?」 「何が?」 「岡部に呼び出されて行ったんだろ? 何の話だったんだ」 ハルヒがキョトンとした顔で俺を見る。 数秒の間、妙な沈黙が流れたが、 「別に大したことじゃなかったわ。……そこあたしの席なんだけど」 谷口は慌てて席を立ち上がるとハルヒは澄ました顔で席につき、購買で買ってきたパンをかじり始めた。 「お咎めはなかったみたいだね」 国木田が小声で言う。 良いのやら悪いのやら。 最もこいつに説教したところで聞く耳を持つはずがないのは周知の事実だろうし、 ハルヒの言うとおり大したことじゃないんだろう。 正直なところ戻ってきてまた大騒ぎするんじゃないかと思っていたぐらいだから俺は安心していた。 昼食を終えて談笑していると、ハルヒが突然席を立った。 「用事を思い出したわ」 そう言い残して教室を出て行く。 しかし戻ってきてからのハルヒは機嫌が良いというか、妙に大人しかったな。 谷口もそれを感じたのか、ハルヒの席に再び座りまた三人での会話が始まった。 そして、昼休み終了間際にハルヒは戻ってきた。 教室の入り口まで来て、自分の席に谷口が座っているのを見て明らかに表情が変わった。 谷口は国木田と話をしていて、ハルヒが席の横にきて谷口の目の前をハルヒの脚が通過するまでは笑っていた。 「谷口、あんた誰に断ってあたしの席に座ってるわけ?」 「す、涼宮」 「さっさとどきなさいよ!」 飛び上がるように谷口が席を立つと、ハルヒはドスンと腰掛けた。 同時にチャイムが鳴り、谷口と国木田は各々の席に戻っていった。 「あーもー、岡部の奴むかつくわ」 「大したことじゃなかったんだろ?」 全く毎度毎度、その感情の起伏の激しさには平伏するね。 「何であんたが大したことじゃなかったなんて知ってるのよ」 まさかこいつはさっきここで話していたことすら忘れているんじゃないだろうか。 便利な頭だな。ぜひ俺にも分けて欲しいぞ。 「まあ、大したことじゃなかったけど。こんなことでいらいらするのも馬鹿らしいわね」 そう言ってハルヒは頬杖をつき、物憂げに窓の外を見たままその日の放課後まで口を利くことはなかった。 放課後のSOS団の活動も、これといってやることがなく。 インターネットでサイト巡りをしていたハルヒもしばらくして飽きたのか、さっさと帰ってしまった。 せめて学年が上がるまではこういう時間が続けばいいと思っていた。 しかし、俺のハルヒに対する期待が一度も叶えられたことはなく、そういうときに決まって妙なことに巻き込まれるのだ。 もう慣れたけどな。 翌日、早起きした俺は妹の目覚まし攻撃を受ける前に着替えを済ませていた。 「あー、キョン君早起き!」 と騒ぐ妹を尻目に朝食をとり、さっさと学校へと向かった。 昨日、部室にやりかけの宿題のノートを置いてきてしまったのだ。 せっかく試験は上手くいったのに、宿題を忘れましたなんて格好がつかないからな。 そういうことで律儀にも早起きしたわけだ。 さすがに早かったのか、学校への道で登校している生徒をほとんど見かけなかった。 部室のカギを取り、誰もいない校舎を部室まで歩いていると部屋の前に誰かが立っていることに気づいた。 それは意外にも、 「お前、何してるんだ?」 「キョン……」 ハルヒだった。 こんな朝早くから、部室の前で一体何をしているんだろうか。 まさかよからぬことを考えて朝一で登校してきたんじゃないだろうな。 「…………」 しかし、ハルヒは無言だった。 軽く俯いていて目の焦点も微妙に合っていない。 「部室、入るのか?」 「……うん」 こんなしおらしいハルヒを見るのは初めてである。 雰囲気がいつもと違うというか、そういえば昨日も昼休みに同じようなことがあった。 突然戻ってきたかと思えば、自分の席に座っていた谷口に対しても優しかったしな。 部室に入り、ノートを広げて宿題の続きをしようとしたのだが、 俺は中々集中できなかった。 いつもなら誰に遠慮するまでもなく入ってきて固定席である団長椅子に座るハルヒが なぜか机を挟んで俺の目の前、いつもなら古泉が腰掛けるであろう席に座っているのである。 今更宿題なんかやってるの? とまた言われると思っていたのだがそれもなく、 ただ単に座っているだけなのである。 これを奇妙といわず、何を奇妙と呼ぶのだろうか。 俺は寒気すらした。 そんな妙な空気の中、俺から声をかけることもできず、どうにか宿題に集中しようとした矢先、 ハルヒの口が開いた。 「ねえ」 なんだ? 「その……」 ハルヒがはにかむように唇を噛む。 「SOS団、よね」 何が言いたいんだこいつは。 「あたし、団長なのよね?」 なんだその?マークは。 お前が勝手に主張して名乗ったんだろうが。 「そう……あのさ、あたしこれからどうすればいいんだろう」 開いた口が塞がらないというのはこのことである。 頭でも打ったのか、はたまたあまりに都合のいい物忘れをするハルヒの脳が反乱でも起こしたのか。 まるで自分が何でここにいるの? と言わんばかりのハルヒの表情である。 「どうするって言われてもな。すまないがお前が何を言いたいのかさっぱりわからん」 「あたしにもわからないの。どうしてここにあたしがいるのか」 「お前、頭でも打ったのか?」 ハルヒは首を横に振ると俯いてしまった。 なんというか、こういうハルヒも悪くないと俺は一瞬思ってしまった。 黙っていれば朝比奈さんにも負けないくらいの美少女だし、 いつものハルヒを見ている分、そのギャップに魅力を感じてしまったのだ。 いつもおかしいとはいえ、これは本格的におかしい。 そんなハルヒに掛ける言葉も見つからず、時間だけが経過していった。 俺はそのうち長門が来るだろうと踏んでいた。 長門ならきっとハルヒの身に何が起こったのかわかるはずだ。 そんなことを思案していると、今まで俯いていたハルヒがはっと顔を上げた。 そして廊下のほうを見るといそいそと立ち上がり、部屋を出て行ったしまった。 制止の言葉を掛ける暇もないくらい素早かったので出て行ったドアを呆然と見るしかなかった。 そして、十秒後くらいにドアが再び開いた。 長門だ。 「よう」 相変わらずの無機質な顔でちらっと俺のほうを見て、長門は席について本を取り出した。 「ハルヒに廊下で会ったか?」 本に目を落としたまま長門は小さく言う。 「会った」 「変わったところはなかったか?」 「……ない」 長門がないというならないのだろう。 といつもなら納得するところだが、今回ばかりはそれをすんなりと受け入れるわけにはいかなかった。 「涼宮ハルヒに対して異常は確認できない」 それは情報統合思念体が言ってるのか? 「情報統合思念体と私の見解」 それじゃ、おかしいと思ったのは気のせいってことか。 「気のせい」 絶対と言い切れるか? その言葉に長門は目を落としていた本から顔を上げ、 「絶対」 と一言だけ言い再び目を本に落とした。 こいつが絶対と言い切るぐらいだ。間違いないんだろう。 しかし……俺は涼宮ハルヒという人間に対して果たして絶対という言葉が当てはまるのかとも思っていた。 長門を疑うわけではない。 むしろ信頼している。 しているが、それ以上に……まあいいだろう。 もし異常な事態になったらどうにかしてくれるだろうし、俺がハルヒのことでこんなに気に病む必要はないのだ。 今大事なのは宿題であり、授業までほとんど時間もないということに気がついた俺は、 長門に頭を下げて宿題の答えを教えてもらうことにした。 教室に戻ると、ハルヒは席についていた。 そして、俺の姿を確認するやいなや近寄ってきてネクタイを締め上げると、 「キョン、いいこと思いついたわ。今日の昼休み、一緒に来なさい!」 部室で見たようなしおらしさの欠片もないハルヒがそこにいた。 本当にわけのわからない奴だ。 そしていいことってなんだ。またよからぬことを始めようってんじゃないだろうな。 「春休みに合宿やるのよ! 今度は山よ! 山!」 なぜ山なんだ。 「海は夏に行ったからに決まってるじゃない! 海の次は山でしょうが」 頼むからその安易な考えで俺の寿命を縮めるようなことをするのはやめてくれ。 山はスキーで行ったじゃないか。 「どこが安易よ。それにスキーと登山は違うわ。昼休みに古泉君のところに行って 山を所有してる親戚がいないか聞いてみましょ!」 あいつに頼んだら世界中に親戚が現れるぞ。 「何言ってんのよ。きっと吊り橋でしかいけないような洋館があるはずよ」 やれやれ。こいつの頭の中はそれしかないのか。 うずうずしていたハルヒは昼休みになるなり俺のネクタイを掴んで走り始めた。 俺の言葉なんて聞こえちゃいない。 古泉のいるクラスまで来ると、古泉は教室の中で友人達と食事を取っている最中だった。 しかし、ハルヒと俺の存在に気がつくと席を立ち、廊下まで出てきた。 「どうしたんですか? お二人で」 ハルヒは満面の笑みで 「古泉君、山を持っている親戚はいないの?」 古泉は初めは的を得ない顔をしていたが、そのうちいつものニヤケ面になる。 「確かいたような気がします。山を所有していて、別荘を持っている人が」 「さっすが古泉君。副団長の名前は伊達じゃないわ!」 おいおい、ハルヒよ。 さすがに怪しいと思えよ。 そんなにほいほいと山だの島だの別荘だのを持っている親戚がいる人間がいると思うか? 「それに比べてあんたは本当役に立たないわね」 ハルヒが横目で俺を睨む。 だったら初めから一人でここにくればいいだろ。 「あんたは私の下僕なんだから、団長様のお付をするのは当然でしょうが」 そもそも俺はお前の下僕になった覚えは一度もない。 「細かい男ね……そうだ、みくるちゃんと有希にも知らせてくるわ!」 ハルヒはそう言うと足早に去っていった。 「涼宮さんらしいですね」 全くだ。 「さて今回はどんな趣向を用意すればいいでしょうか」 余計なことはしなくていい。 普通に行って普通に帰ってくればいいんだ。 そろそろあいつにもわからせてやらないとな。 面白いことや不思議なことはそうそう簡単に起こらないってことを。 「涼宮さんのことが心配なんですね」 どうしてそうなる。いつ俺がそんなことを言った。 「素直じゃないですね。あなたも、涼宮さんも」 勝手に言ってろ。 「それより、お前昨日ハルヒと会話したか?」 「昨日……ですか?」 古泉は思い出すように顎に手を当てた。 「廊下で一度お会いしましたね。それと放課後部室で。会話という会話はちょっと……」 「どこか変だとは思わなかったか?」 「別段変わらず、いつもの涼宮さんだと思いましたけど」 そうか、ならいいんだ。 「どうかしましたか?」 どうかしてるのは俺の方かもしれないな。 「最近は閉鎖空間も安定しているので僕としてもうれしい限りです。 それほどあなたと涼宮さんの関係も安定しているということですから」 そういうセリフを吐くときのお前の笑顔は忍ぶに耐え難いものがある。 「喜ぶべきことじゃないですか。みんなが救われるんですから」 喜べないていないのは俺だけな気がしてきたぞ。 「しかし、山に行くことが決まった今、また一仕事できましたね。どうです? あなたも企画に参加してみませんか?」 断る。 怪しげな組織の手伝いなんてごめんだからな。 俺は普通の人間として普通に生活したいんだ。 「それは残念です。それでは、また放課後に」 古泉が教室の中に戻っていったので俺も教室に戻ることにした。 その前に、とトイレに寄ろうとしたところ階段付近にハルヒが立っていた。 「もう行ってきたのか?」 「キョン……」 まただ。しおらしいハルヒ。 一体何だ? 本格的に頭がおかしくなっちまったんじゃないだろうな。 「なあお前……」 と言いかけたところで何者かに手を掴まれた。 その手が目の前にいるハルヒ本人だということを理解するのに俺は数秒の時間を要したわけだが。 ハルヒが俺の手を、ましてや学校の中で繋いでくるなんてありえないことである。 「お、おい」 「お願い、助けて……」 朝比奈さんならともかく、ハルヒから一生聞くことはできないだろうと思っていた言葉が聞こえてくる。 俯いていてわからなかったが、ハルヒの目には間違いなく涙が浮かんでいるように見えた。 とりあえず、だ。 ハルヒを部室に連れてきたのだが、同時に昼休みも終わってしまった。 こいつが助けてなんて言い出すのは後にも先にもなさそうだからな。 一時間くらいさぼっても損はないだろう。 とりあえず間が持たないのでお茶を煎れてみたものの、相変わらず美味しくない。 朝比奈さんの入れてくれるお茶に慣れてしまったせいもあるのだろうけど。 ハルヒといえばお茶に手をつけるでもなく、口を開くでもなく、俯いたままである。 「とりあえず、何があったのか話してくれないか? すまんが俺にはお前が助けを求めるなんて考えられないんだ」 ハルヒは少し顔を上げるとゆっくりと口を開いた。 「私は、涼宮ハルヒで、ここの生徒で、SOS団の団長」 一つずつ確認するようにハルヒは言葉を繋げる。 「キョン、みくるちゃん、有希、古泉君、この4人がSOS団メンバー」 俺はハルヒの言葉を黙って聞いていた。 「それに谷口や朝倉、担任の岡部……学校の人間はわかるわ。でも……」 ハルヒはまた目を伏せ、スカートの裾を握りこんでいる。 「涼宮ハルヒのことはほとんど知らない」 「お前がその涼宮ハルヒだろうが」 「私も涼宮ハルヒだけど、涼宮ハルヒはあたしだけじゃない」 まるで要領を掴めん。 涼宮ハルヒだけどハルヒじゃない。 どんな冗談だ。笑いどころが全くわからん。 「あたしだけじゃないの。もう一人の涼宮ハルヒは今教室で授業を受けてるわ」 「ちょっと待て!」 俺の制止の言葉にハルヒは体をびくっと震わせた。 「どういうことだ?」 「……あたしにもわからないの。どうしてここにいるのか。どうしてもう一人涼宮ハルヒがいるのか」 少なくともハルヒはこんな冗談を言う奴ではない。 こんな回りくどいことをしたりもしない。 「ちょっとここにいてくれ」 俺はハルヒを置いたまま部室を出た。 廊下で教師に会わないかびくびくしながら教室に向かい、ドアの小窓からそっと教室の中を覗いてみると、 確かに涼宮ハルヒがそこにいた。 シャーペンを鼻の頭に乗っけて退屈そうにしている姿は間違いなくハルヒである。 そして、部室に戻るとそこにもハルヒはいた。 俺は落ち着こうと椅子に座りお茶をすすろうとして、手が震えていることに気づいた。 そりゃそうだろう。 同じ人間が二人いるのである。しかもハルヒ。 まともな人間なら失神ものだ。 状況を整理しようと大きく息をついてみる。 もう一人のハルヒ。 理由はともかく、こんなことができるのはSOS団のメンバー関連しか思いつかない。 長門、あいつはハルヒに異常がないということをはっきりと言いきっていた。 別の情報統合思念体が動いたとも考えられるが……。 古泉、これは除外だ。 場所限定の超能力者にこんな芸当ができるとは思えん。 それにあいつの組織だってまさかクローンなんかを作り出す技術があるとは考えにくい。 朝比奈さんはどうだ? 未来人ならクローンなんて作れそうなものだが。 考えれば考えるほど怪しくなってくる。 「キョン……あたし、どうしたら……」 ハルヒが懇願するように言う。 頼むからそんな迷子の子犬みたいな目で見ないでくれ、調子が狂う。 「とりあえず、どうしてここにいるのかもわからないんだろ?」 小さくハルヒは頷く。 「SOS団のメンバーに聞いてみるしかなさそうだ。すまんが俺には何がどうなってるのかさっぱりわからん」 するとハルヒは慌てて首を横に振った。 「だ、だめ! あたし、SOS団の団員には知られたくないの……」 俺も一応団員なんだけどな。 「あの三人は駄目……怖いの」 俺は先日の出来事を思い出していた。 ハルヒが岡部のところから戻ってくる前、長門が部室にやってくる前、 まるで二人がやってくることがわかっていたように出て行った。 「キョンだけは……いいんだけど……」 そんな言葉をハルヒから聞けるとは思ってもみなかったぞ。 なぜ俺だけはいいのか。 今はそんなことはどうでもいいか。 あの三人に相談もできないとなるとどうにも打開する方法がないわけだが。 「ここにいる理由もわからないんだろ? 俺だけじゃどうにもできないぞ」 「そうだけど、会いたくないんだもん」 なんだこのわがままっ子は。 「大丈夫だ。あいつらのことは俺が保障する。危険はない。もしあったとしたら俺がなんとかするさ」 「……本当に?」 ハルヒが上目遣いで見上げてくる。俺は思わず目を逸らしてしまった。 「とにかくだ。その姿はどうにかならんのか? しかも学校の中にいるなんて目立ちすぎる」 「一応変えられるけど、このほうが目立つ気がする」 そう言ってハルヒが目を閉じると、体が赤い光で包まれた。 どこかで見た光だった。これは……閉鎖空間で見た古泉が変えていた姿と似ている。 ハルヒはちょうどピンポン玉くらいの大きさになって声を挙げた。 「こんな感じ。これはここに来たときからできるってわかったわ」 さすが俺だ。 もうこんなことぐらいでは驚かなくなった。 放課後までこのハルヒにはその姿のまま鞄の中に入ってもらうことにした。 SOS団の活動は春の山登りについて話し合った。 話し合ったといっても、ハルヒが一人で喋って一人で決めただけで、 俺や朝比奈さんはいつものようにそれに従うだけなのだが。 活動が終わり、俺はハルヒ以外の三人に少し残って欲しいとこっそり伝え、 ハルヒが帰ってから再び部室に再集合した。 「あなたが我々を集めるなんて珍しいですね」 古泉が肩を竦める。 「それで、お話とは?」 「とりあえずこれを見てくれ」 俺が鞄を開けると、中から赤い球体が現れて目の前で静止した。 そして、その球体はみるみる内にハルヒの姿に変わっていく。 「ふう、狭かった」 さすがの古泉もこれには驚いたようで珍しく眼を見開いている。 朝比奈さんは状況を理解できないのか、オロオロしているだけだ。 長門はいつものように微動だにしないが。 「これは……一体何が?」 古泉の視線に耐え切れなくなったのか、ハルヒが俺の後ろに回りこんで隠れてしまった。 俺は初めから順を追って説明した。 朝比奈さんも話の流れからようやく事態を理解したのか、深刻な顔つきになる。 「……ということなんだがな。心当たりがないか?」 三人とも心当たりがないのかしばらく黙っていた。 一番初めに口を開いたのは長門だ。 「涼宮ハルヒの存在は一つだけ。情報統合思念体はそこにいる涼宮ハルヒを認識していない」 つまり、ハルヒが二人いるということはありえないということか。 「そう。認識できないから、どういう存在なのかもわからない。こんなことは通常ありえない。 情報統合思念体も戸惑っている」 長門の表情がどこか不安げに見えるのは気のせいだろうか。 朝比奈さんと目が合うが、首を横に振る。 「ごめんなさい。私にも心当たりがないんです」 その間もハルヒは俺の背中を掴んで隠れているだけだった。 沈黙が続いたが、古泉がようやく口を開いた。 「長門さんにも朝比奈さんにもわからない。そして、僕にも正直わかりません。 しかし、先程の光は……我々が良く知っている光です。 ヒントはどうやらそこにあるようですね」 そうだ。今のところ、俺もそれぐらいしか心当たりがない。 「これは、涼宮さんが作り出したものかもしれません」 ハルヒが? 自分自身を? 「ええ、理由はわかりませんが、こんなことができる人間が涼宮さん以外にいると考えられますか? 彼女は無意識に世界の改変を行うことができるんです。だとしたら、そう考えるのが妥当でしょう」 確かに、古泉の言う通りかもしれない。 この三人に心当たりがないのであれば、後はハルヒしかいないのだ。 しかし、なんだって自分と同じ姿の人間を作り出す必要があるんだ? 「最近の涼宮さんは昼にも話しましたが非常に安定していました。 閉鎖空間も今はほとんど活動していません。 つまり、涼宮さん自身が不快な気分になったわけではないということです。 私たちより、あなたのほうが心当たりがあるんじゃないですか?」 俺に心当たりがあればとっくに思い出してるだろう。 最近あったことと言えば、あいつが珍しく岡部に呼び出されたということぐらいだ。 不快に感じることではないというならそれだって除外されるだろうしな。 全くわからん。 「えーと、涼宮さんでいいんでしょうか。他に何かわかることはありませんか?」 古泉が背中に隠れているハルヒに話しかけると、ハルヒの手に力が入る。 「わ、わからない。気づいたらこの世界にいて、廊下に立っていたから」 「ふむ。とにかく、涼宮さんとの接触は避けたほうがよさそうですね」 当たり前だ。 日常的に不思議なことを探しているあいつがもう一人の自分がいるなんて知ってみろ。 この世界がどうにかなっちまいそうだ。 「とりあえず様子を見ましょう。今は情報が少なすぎます。 長門さんも時間が経てば何かわかるかもしれませんし」 「あ、私もちょっと調べてみますね」 朝比奈さんがちょこんと手を挙げる。 とりあえずその日は解散することにしたが、ここで大きな問題に気がついた。 このハルヒをどこに置いておくかということである。 姿を変えること以外は人間と何ら変わらないのだ。 とりあえず朝比奈さんか長門の家に置いてもらおうとしたのだが、 このハルヒ、それをどうしても嫌がるのである。 さすがに俺もハルヒが潤んだ目で拒否をするとそれを強要することができなかった。 「あなたの家に連れていくのが一番だと思いますよ」 古泉がさらりと言いやがった。 うちは普通の家で家族だっているんだぞ。 「姿を変えることができるなら、そこまで難しいことではないと思いますが」 じゃあお前が連れて帰れ。 「残念ながら、僕では役不足ですよ。涼宮さんもあなたの側にいたいようですし」 昨日はどうしていたのか聞くと、学校で過ごしたんだそうだ。 風呂もない食事もないでひもじい思いをした、とハルヒが言う。 これで俺が断ったら悪人みたいじゃねえか。 「仕方ないからいいけどな。家では俺の言うことを聞いてくれよ? 女子を家に連れ込んで泊めてるなんてばれたら学校に行けなくなるからな」 ハルヒは静かに頷いた。 帰り道、長門と朝比奈さんは用があるとかでさっさと帰ってしまったので 古泉とハルヒの三人で帰ることになった。 と言ってもハルヒは俺の鞄の中に納まっている。 本物もこれぐらい大人しければいいんだけどな。 「僕は元気のいい涼宮さんもいいですけどね」 その相手をするのは俺なんだぞ。もうちょっと俺に気をつかってくれ。 「もちろん、使ってますよ。でなければ、その涼宮ハルヒを調査のために連れていってるかもしれません」 鞄の中が動くような感覚がする。 「お前……」 「冗談ですよ」 古泉は肩を竦めて微笑む。 お前の冗談ほど悪趣味なものはない。 「でも、放っておけないのも事実でしょう? 涼宮さんがそうであるように、あなたも涼宮さんに対してただならぬ感情を持っている」 いつかハルヒに土下座させたいとは思っているけどな。 「はは。あなた方のそういうところも僕は好きですよ」 なんだ、気持ち悪い。男に好きだといわれても全然うれしくないぞ。 お前だとなおさらだ。 「我々はあなた方の味方ですよ。そして仲間でもあります。 仲間のことを思うのは悪いことじゃないと思いますが」 古泉は微笑みながら手を振って帰っていった。 家に帰りつくと、妹が玄関までやってきた。 「あ、キョン君、さっきハルにゃんから電話があったよ!」 ハルヒが? 何で携帯に電話しないんだ。 「携帯電話の電源が入ってないって言ってた。帰ってきたら電話しなさいだってー」 そういえば電話の電池が切れてたんだった。 俺は部屋に戻るとハルヒに電話をかけた。 『遅い! どこほっつき歩いてたのよ!』 悪かったな。誰のおかげでこんな時間になったと思ってるんだ。 『まあいいわ。それよりあんた、明日ちょっと付き合いなさい』 どこにだよ。また宝探しでもやるつもりか。 『違うわよ。合宿で必要なものを買いに行くわ。どうせ祭日だし、暇なんでしょ』 ハルヒに暇じゃないと言って納得された試しがない。 『十二時に駅前、いいわね?』 そう言って電話は切れた。 やれやれ。 そして、まだ安心できない不安要素が俺にはあった。 鞄の中にいるハルヒである。 部屋には妹も平気で入ってくるから安心はできない。 ハルヒの姿になったところで俺も気まずいことこの上ないのだ。 しかし、風呂にもいれなきゃいけないし、問題は山積みだ。 この借りはいつか返してもらうぞ、ハルヒ。 とりあえずこの日は近くの銭湯に行くことにした。 ほとんど利用することはなかったが、この辺なら知り合いと出くわすこともないだろうし 家の風呂を使うよりはよっぽど安全である。 家を出るとき妹が自分も連れて行けとごねたが友達と行くから我慢しろと抑えて出てきたのだ。 銭湯の近くでハルヒの姿に戻し、終わったらここで待つように伝えて俺も銭湯に入っていった。 平日ということもあり客の姿もまばらで、これなら平気だろうと安堵した。 俺も疲れていたがゆっくりとお湯につかることもなく、少し早めに外で待つことにした。 待つこと十五分、ハルヒが出てきた。 「お待たせ」 ハルヒには俺の服を貸したので、かなりだぶだぶだった。 それにしても……風呂上りでリボンをつけていないハルヒを見るのは久しぶり、いや初めてだった。 まだ艶のある髪に、少し赤くなった頬。さすがというか、その美少女っぷりに俺は一瞬目を奪われてしまった。 「キョン?」 「あ、ああ。帰ろう。とりあえず……ここで姿変えるか」 「もう少し、このままでいたい。お願い」 「家の近くまでだぞ」 そう言うと、ハルヒは満面の笑みで頷いた。なんだろうか、この気持ちは。 いつものハルヒに慣れているせいか、こういうハルヒの態度が一瞬でも可愛いと思ってしまった。 いかんいかん。これの本物は馬鹿!とかドジ!とか俺に連呼するような女だぞ。 そんなことを考えていると、ハルヒが横から顔を覗き込んできた。 「ねえキョン。キョンと涼宮ハルヒはどういう関係なの?」 どういうって、ハルヒ曰く俺は下僕だそうだけどな。お前のほうが詳しいだろ。 ハルヒの感情とかある程度わかったりとかしないのか? 「わからない……でも……」 ハルヒは少し俯いて、意を決したように俺の顔を見上げた。 「あたしは、キョンのこと好きだよ?」 「遅い! 罰金!」 集合時間に遅れてしまった俺にハルヒは言った。 昨晩のもう一人のハルヒの発言を思い出す。まさに今目の前にいるこいつと瓜二つの奴に言われたんだよな。 ぼーっとハルヒの顔を見ていると、胸倉を掴まれた。 「キョン、あんたたるんでるわ。団長として情けないわよ」 本物にもあのぐらいのしおらしさがあってもいいと思うんだがどうだ? このハルヒもらしいっちゃらしいが、どう考えても損をしていると思うのだが。 こういうふくれっ面も悪くはないが、俺としてはおしとやかな子のほうがいいぞ。朝比奈さんみたいな。 どうだ? ハルヒ、考えなおしてみないか? 「さっきから何ぶつくさ言ってんのよ」 ハルヒは俺の胸倉を揺さぶりながらがなり立てていたが、そのうちその手を離すとそっぽを向いてしまった。 「まあいいわ。さっさと行くわよ」 こいつにしてはやけにあっさりと引いたな。 とはいえ、こいつの顔を見る度に昨夜のことを思い出してしまってどうにも落ち着かない。 余談ではあるが寝る時は姿を例のものに変えてもらって布団の中に入ってもらった。 しかしどういうはずみなのか、俺が夜中に目を覚ましたら人間の姿になっていた。 しかも俺の目の前で眠っていた。 ハルヒの無防備な寝顔を目の前で見て俺は動揺した。 俺も健全な高校生である。性格を除けば美少女という取りえのある涼宮ハルヒの寝顔を目の前にして 何も感じないわけではない。 普通なら目が覚めたら美少女が隣で寝ているなんておいしいシチュエーションではあるが、 それはあくまで時と場所が大事であり、寝ぼけ頭の俺でもこんな姿を家族に見られたらどうなるかぐらいわかるわけで、 急いでハルヒを起こすと姿を変えてくれと懇願した。 ハルヒは中途半端に起こされたことでもう眠れないと言い出した。 そんな中で俺も眠れるはずがなくたわいもない会話をしていたのだが、朝方になって俺は耐え切れず寝てしまい、 起きた時にはすでに集合時間が迫っていたというわけだ。 家にいてもハルヒに振り回され、外に出てもハルヒに振り回される。 これでいいのか? 俺よ。 「ところで、あの三人は?」 ずんずんと進むハルヒの後ろから半分寝ながら歩いていた俺は、 他のSOS団員がいないことに今更ながら気づいた。 「今日は呼んでないわよ」 意外である。SOS団としての活動するときは必ず全員に声をかけていたと思ったが。 まあ古泉は俺と同じ荷物持ちだとしても朝比奈さんというマスコットがいないというのは結構でかい。 無償で働くのだからそれぐらいの恩恵が必要なのだ。ハルヒはマスコットと呼ぶには程遠いからな。 確かに目立つという意味ではある意味マスコットなのかもしれないが。 「そんなにたくさん買い物するわけじゃないから、あんただけで十分なのよ」 それじゃ一人で行けばいいだろうに。 「なんで団長のあたしが荷物を持たなきゃいけないのよ。あんたは平の団員なんだから荷物持ちって決まってるでしょ。 休みの日だからっていって職務怠慢は許されないわ」 ハルヒは後ろを振り向くこともなくずんずんと商店街を進んでいく。 途中、映画のときにお世話になった電気屋に入っていくのでついていくと、 電気屋の店主と何やら会話を始めた。 俺は会釈だけしてハルヒの後ろに突っ立っていたが、 「おっちゃん、ここは火炎放射器ないの?」 お前は山で一体何をするつもりなんだ? 山火事でも起こす気か。 大体こんな町の一電気店に火炎放射器が置いてあるわけないだろ。 おっちゃんもこんな女子高生の言うことなんて適当に流しておけばいいのに、 「火炎放射器はないなあ。チャッカマンじゃ駄目なのかい?」 と真面目に相談に乗ろうとしている。 「チャッカマンじゃ駄目なのよ。もっとこう火がガンガン出る奴がいいわ」 ハルヒの無理難題に本気で悩んでいるおっちゃんが段々気の毒に見えてきたのは俺だけではあるまい。 俺がハルヒに 「あんまり無理なことを言うなよ」 と言うとハルヒは頬を膨らませた。 「あんたは黙ってなさい」 へいへい。やっぱりこいつ可愛くねえ。 俺がそんなことを考えていると、ハルヒは手を振って 「おっちゃん、また来るわ」 と言って軽く手を振ると外に出ていってしまった。 俺も会釈して外に出ると、ハルヒは腰に手を当てて突っ立っている。 今日のハルヒはやけに引き際がいい。そう、気持ち悪いくらいに。 「次はこっちよ」 ハルヒは俺の袖を掴むとずんずんと歩き始めた。 その後はおおよそ山とは関係ないような店を夕方まで散々付き合わされたあげく、 夕飯を少し高めのレストランで奢らされることになった。 買い物という割には何を買うわけでもなく、当然俺は荷物を持つこともなかった。 ハルヒの奴は一体何がしたいんだ。財布の中を見て溜息をつきながら俺は家にいるもう一人のハルヒを思い出していた。 まさかハルヒの姿になって家族と出くわしていないかとか、夕食が遅くなって腹を空かせていないかとかそんなことだ。 どちらにしろ今の俺はハルヒのことを考えざるを得ない状況になっているわけだ。 古泉が言うような特別な感情だとかは放っておくとして、こいつの強烈なインパクトのせいで 俺はどうやらそのペースに乗せられちまったようだからなんとなく放っておけないような部分はあるのかもしれない。 こうしてこいつが笑顔で美味そうに食事をしているのを見ているのも悪くはない。 谷口が聞いたら 「キョン、お前はついにそこまで落ちちまったか」 とか言われるだろうな。 しかしまあ、こういうのも悪くないと俺は思っちまったからな。 あながち谷口が言うことも否定できない。 「ちょっとキョン? あんた人の話聞いてるの?」 聞いてるともさ。 「さっきからぼけっとして……さっきからじゃないわ。今日の遅刻といい、やっぱりたるんでる!」 まあそう言うなよ。俺もこう見えて色々気をつかってるんだからな。 「なによそれ。気を使うならこの団長様に使いなさい。他の奴に使う必要なんてないわ」 まさにその団長様に気を使ってるとは言えないしなあ。 全くこいつってやつは……まあ今回はもう一人のハルヒに免じて許してやるさ。 「ところでさ……キョン」 食事を終えて落ち着いたところでハルヒが妙に深刻な表情になった。 「あんた、みくるちゃんのこと……好きなの?」 唐突に何を言いだすんだ、お前は。 「それとも有希? 前のラブレターも実はキョンが渡したものだったとか?」 「あのなあ、それは本人にも確認してるじゃねえか。大体それがお前に関係あるのか?」 ハルヒは気まずそうな苦笑いを浮かべる。 「べ、別に関係はないわよ。まああの二人があんたの相手をするわけないだろうけど、 SOS団の秩序を乱すようなことされても困るし? 大体あんたがそういう誤解をされるような態度だから 団長として注意を促しておかなきゃいけないんでしょうが」 まるで口を挟ませないといったようなハルヒの喋りっぷりを俺は静観していたが、 ハルヒのその必死さになんだか和んでしまったのは秘密である。 「ふっ」 「あっー! あんた人が真面目な話してるときに何笑ってんのよ!」 「別に」 ハルヒは顔を真っ赤にしている。 いや、違うな。頬を赤く……ってまさかな。 腕を組んでそっぽを向いたハルヒは 「ふんっ、とにかくもっとあんたは団長を崇拝しなさい。 ぼやぼやしてると新しく入ってくる新入生よりも低い地位になるわよ!」 と言い切り席を立った。 ハルヒがさっさと店の外に出て行ったので当たり前のように俺が伝票を会計にもっていく。 店に入る前に貯金を下ろしておいてよかったぜ。 店の外に出ると外は真っ暗だった。商店街のネオンの光だけが輝いている。 ハルヒのところにいくと、黙って手を俺のほうに突き出してきた。 手には袋がぶら下がっている。 なんだこれは。 「受け取りなさい」 「え?」 「奢らせたし今日は付き合わせたからほんのお礼よお礼。 いい? 団長のこの私が特別に労をねぎらおうって言ってるんだからありがたく思いなさい」 ハルヒはその袋を投げるように俺に渡すとさっさと走り去ってしまった。 小さな袋の中には小さなケースが入っていた。そのケースを開けると中から出てきたのは腕時計だった。 俺の腕時計は一週間ほど前にハルヒに引っ張りまわされたとき、壁にぶつけて壊れてしまったのだ。 俺はそのときハルヒに抗議したが、あいつは 「そんな簡単に壊れるような時計を持ち歩いてるあんたが悪いのよ!」 といつものように理不尽なことを言いだした。 そのとき若干ハルヒの言動にいらだちを感じた俺は、相手にせず黙ってその場を後にしたのだが……。 「あいつ……」 その時計は俺が持っていた安物の時計よりも高そうな時計だった。 全く、これを渡すためにわざわざ一日中連れまわして飯まで奢らせたのか。 素直じゃないというかなんというか、ハルヒらしいっちゃハルヒらしいんだが。 今日のハルヒは随分と大人しいほうだったし、あのもう一人のハルヒが来てから変化が見られるということは やはり本物のハルヒと何かしらの関係があることは間違いないのだろう。 俺が家までの道のりを自転車に乗らず、押して帰っていると、後ろから来た車が横で止まり、 窓から古泉が顔を出した。 「やあ。今、お帰りですか?」 なにしにきたんだ。 「涼宮さんについてちょっとお話したいことがあります。お時間よろしいですか?」 「それで、何かわかったのか?」 公園のベンチに腰掛けた俺の正面に古泉は立った。 「あくまでも仮説として聞いてください。我々の組織の考えです」 古泉は俺の表情を確認するかのように少し間を空けて続けた。 「例の涼宮さんのクローン、ここではあえてクローンと呼ばせていただきます。 あれはほぼ間違いなく涼宮さんが作り出したと考えて間違いないと思います。 最近の彼女が非常に安定しているという話はあなたにもしましたよね?」 俺は黙って頷く。 「元々彼女は普遍的なものを嫌う方です。常に不思議なことを求めています。 だから僕や朝比奈みくる、長門有希の三人が同じ場所に集まった、これはもう理解していると思います。 そして、彼女には葛藤もあった。不思議なことは必ずあるという涼宮さんと、 そんなものはないと思っている涼宮さんが彼女の中にはいるんです。 以前までは前者、不思議なことをとにかく追い求める涼宮さんが前面に出ていました。 ですから閉鎖空間が不安定な状態にあった。そして今は非常に安定している。 これがどういうことか、あなたにはわかりませんか?」 わからんな。 古泉はふっと笑みを浮かべて続ける。 「常識人としての涼宮さんが前面に出てきているということです。 不思議なことは起こらなくてもいい。SOS団という枠の中で楽しいことができればいいと、 彼女は感じ始めているんですよ。もちろん、無意識の上での話です。 実際には彼女はそんなことを口に出したりしませんし、表面上は以前の涼宮さん自身の考え方と 何も変わっていないはずです。以前の涼宮さんはあなたに選択肢を与えました。 少なくとも僕はそう考えています。 元の世界に戻るのか、それとも新しい世界を作り出すのか、それをあなたに託したのは あなたもよく知っているSOS団団長としての涼宮さんでした。 しかし、今回はちょっと違います。 彼女は今の生活に不満があるわけではない。むしろ満足していると言ってもいいでしょう。 それはひとえにあなたのおかげでもあるわけですが。 さてその涼宮さんが再びあなたに選択肢を与えるとしたら、どのような選択肢だと思いますか?」 俺は口を開くことはなかった。 「もうお分かりかと思いますが、涼宮さんはあなたに選んでもらいたいんですよ。 常識人としての涼宮ハルヒなのか、それとも、今までの涼宮ハルヒなのか。 その結果として出てきたのがあのクローンというわけです。 昨日の様子だと、涼宮さんに近いところを持ちながらもその性格は丸で異なるようですし、 あながちこの仮定も否定しがたいと思いますが、どうでしょうか」 古泉は小さく肩を竦ませてみせた。 「お前の言っていることが本当だとして、俺にどうしろっていうんだ」 「簡単なことです。あなたがどちらかの涼宮さんを選ぶ……ですよ」 簡単なこと? よく言うぜ。 「恐らく、世界改変にはいたらないと思いますよ。どちらを選んだとしてもね。 ただ、涼宮さんはあなたの選択に従い、選ばれなかった涼宮さんの人格は消え去ることになるでしょう」 二人の間に沈黙が流れる。 古泉は前髪をかきあげると俺の横に座った。 「あくまでも我々の仮定です。長門さんや朝比奈さんは別の答えを出すかもしれません。 でも、信憑性もありそうな話だと思いませんか?」 「お前らはどうしたいんだ?」 「我々はあなたの決断を見守るだけです。先程も言ったようにそこまで深く考えることではないんですよ。 どちらの人格を選んだところで涼宮さんの力が失われるわけではないでしょうし、 我々としてみれば大人しい涼宮さんのほうが扱いやすいかもしれませんが」 結局お前らにとってハルヒは観察の対象でしかないんだろうからな。 「それだけではありませんよ。少なくとも僕個人は涼宮さんのこともあなたのことも大切に思ってます」 その言葉、どこまで信用すればいいんだか。 しかし、なんでまた俺なんだ。 「あなたも強情ですね。いや、失礼、あなたと涼宮さんの信頼関係に口出しするのは野暮だ」 二人のハルヒを比べて俺に選べってか。 どんな罰ゲームだそれは。なんで選択肢がハルヒしかないんだ? そこで朝比奈さんが出てきてくれれば俺は間違いなくそっちを選ぶぞ。 「もちろんそれもありでしょう。だけど、その場合はどうなるか、あなたが一番良くご存知だと思いますよ?」 閉鎖空間か。 「今回はそれだけじゃ収まらないでしょうね。少なくとも、あなたに再び選択肢が与えられることもないでしょう。 今回ことにしても涼宮さんにしてみればかなりの譲歩でしょうからね」 むう。 俺は黙りこくった。その間も古泉はハルヒがどうとか言っていたが、半分も頭に入ってこなかった。 これは俺の葛藤でもあるわけだ。 古泉の話を馬鹿馬鹿しいと思う反面でハルヒのことを意識しているのもまあ間違いないだろう。 認めたくはないけどな。 しかし古泉よ。今日会ったハルヒはいつもと違ったぞ? 少なくとも今までああいうハルヒは見たことはない。 「恐らく涼宮さんなりに対抗しているってところじゃないでしょうか? もちろん無意識的にですが。 あなた好みの女性に近づこうとするためにね」 なんだそれは、気持ち悪い。 ここでまた古泉は決めポーズのように肩を竦める。 「女心ってやつですよ」 結局古泉からは聞きたくないようなことも聞かされて帰宅したときには午後九時を回っていた。 夕飯を何も用意してこなかったので、恐らくあのハルヒは腹を空かしているに違いない。 今日の風呂はどうしようかとか考えながら部屋に入ると、暗闇の中赤い光がポツンとベッドの上で瞬いていた。 電気をつけてドアを閉めると、その光は膨張してハルヒへと変化した。 「おかえり、キョン」 「遅くなってすまなかったな。夕飯食うだろ?」 「うん。何度か妹さんが部屋に入ってきたからどきどきだったよ」 ハルヒは微笑んで応える。俺は不覚にもドキッとしてしまった。 昨日の言葉もそうだったが、こっちのハルヒの言葉にはどうも弱い。 ある意味ハルヒの顔に朝比奈さんとまではいかないがしおらしさのある性格が合わさったのだから、 より俺の理想に近づいたと言えるのである。 夕飯を用意するとか言ったが、下で食べさせるわけにもいかないし風呂の問題もある。 「ハルヒ、外で飯食うか? ついでに銭湯寄ってくればいいだろうし」 「でも、大丈夫なの? だいぶ時間も遅いけど……」 こうやって遠慮がちに言われると、何とかしてやろうという気になってしまう。 こっちのハルヒはどうやらわびさびというものをわかっているらしい。 なるべく親にばれないようにと外に出ると、俺たちは近くのファミレスへと向かった。 俺はすでに腹一杯だったので、ハルヒに食べたいものを食べさせてから銭湯に向かうことにした。 今日はすでにハルヒに夕飯を二回奢ったことになるのだが、こちらのハルヒはご丁寧にも 何度も頭を下げて礼を言ってきた。 まるで対照的である。こうなってくると、古泉の言ってることも信憑性が出てくる。 待て待て。もしかしたら長門の知り合いの宇宙人の陰謀かもしれないし、 朝比奈さんのお仲間の未来人の仕業かもしれない。 ここで古泉の言うことを信じてしまうのは早計というものである。 もし違ったら目も当てられない事態になることは容易に想像がつく。 何事も慎重に、だ。とはいえ、こんな生活をいつまでも続けるわけにもいかないのであって、 長門あたりに早急に事態の収拾をしてもらいたいものだ。 ファミレスを出てしばらく歩いていると、ハルヒが俺の手を掴んできた。 微妙に頬を赤らめながら。 さすがにこれを振り払うことは出来ず、流されるままにハルヒの手を握り返してしまった。 朝から晩までハルヒ漬けの生活。これを羨ましいと思う奴はすぐにでも名乗り出てくれ。いつでも変わってやるぞ。 結局二人目のハルヒが現れた原因もはっきりわからないまま、終業式の日を迎えてしまった。 長門や朝比奈さんからアプローチがないことを考えると、古泉の線が強くなってしまうわけだが……。 とりあえず今日学校で長門に聞いてみようと思っている。 ハルヒのクローンは今日に限って学校に行きたいと言いだした。理由を尋ねると、 「今日はあたしも行かなきゃいけない気がするの」 という返答だった。 学校内で見られてしまうリスクももちろんあるが、それがこの現象の突破口のきっかけになるかもしれないし、 俺は絶対に学校ではハルヒの姿にならないということを固く約束させて連れていくことにした。 このハルヒ曰く、なぜかSOS団の団員の居場所がわかるのだということなので、 姿を変えても問題ないということだったが、万が一のこともあるし他の生徒がハルヒを二人見たら それはそれで大問題なので念を押した。 今日は終業式だけなので授業もなく、午後には自由の身になる。 SOS団の活動はもちろん行われるだろうが、長門や朝比奈さんと話す機会もできるだろうし、 丁度いいだろうと考えていた。 教室に入ると、珍しくハルヒはまだ来ていなかった。 チャイムが鳴る直前になってようやくやってきたのだが、どうもいつもの覇気が感じられない。 「八時間は寝たはずなのに体がだるいのよ、何でかしら?」 と愚痴り始めたと思ったら机に突っ伏してしまった。 俺と何かあるとその次の日のハルヒは大体こんな感じなのでいつものことかと放っておいた。 体育館で終業式が始まり、十分ほど経った頃だったろうか、校長の話が続く中 「ドスン」 といった重い物が倒れるような音が体育館の中に響き渡った。 誰かが貧血で倒れたのだろう。音のした方からざわざわと生徒の声が聞こえてくる。 そんなに遠くないな。同じ学年か? と思い、そちらの方を見るとなんと倒れていたのはハルヒだった。 近くの男子生徒に支えられ、教師が数人近寄っていく。酷い顔色をしている。 校長の話が一時中断され体育館内がざわついたが、すぐに一人の教師が静かにするようにと大声を出すと 再び体育館内は静寂に包まれた。 ハルヒは教師に抱きかかえられるように体育館を出て行った。保健室の先生もそれに同行して出て行く。 健康優良児を絵に描いたようなあのハルヒが貧血で倒れるほどデリケートとは思えない。少なからず、 嫌な予感を抱いたのは俺だけじゃなかったはずだ。 一抹の不安を抱えながら終業式を終えて、教室に帰ろうとしたところで古泉が隣にやってきた。 「先程のは涼宮さんで間違いありませんよね?」 間違いないだろう。ハルヒほど目立つ奴もそうそういないからな。 さすがに古泉もこの事態には笑顔を繕う余裕もないようで、ハルヒの心配をしているようだった。 ま、どういう形で心配しているのかはこの際触れないでおこう。 「あちらの涼宮さんは今どこに?」 「今日はついてきてる。教室の俺の鞄の中さ」 ふむ、といった感じで古泉は考えるような仕草をした。 「少し気になりますね。関連がないとは言いきれませんから」 考えすぎじゃないのか? ハルヒだって一応は人間だ。体調が悪くなることもあれば貧血を起こすこともあるだろうよ。 「そうであればいいんですけどね。いずれにせよ、あなたにお任せすることにしましょう。 それではまた後ほど」 そう言って古泉は去っていった。 教室の近くまで戻ってきて、俺は長門の後姿を見つけた。 「長門」 長門はゆっくりとこちらを振り向く。 「聞きたいことがあるんだ」 「……というのが古泉の説なんだが、お前のほうでは何かわかったのか?」 先日古泉から聞いたハルヒが俺に選択肢を与えたという話を簡潔に長門に伝えると、 長門は少しの間をおいてゆっくりと口を開いた。 「情報統合思念体は困惑している」 どういうことだ? 「存在しているすべての物には情報がある。だけどあの涼宮ハルヒには情報がない」 結論を言えばわからない、ってことか。 長門は小さく頷く。 「古泉一樹の説が有力であると私も思う。実在している涼宮ハルヒにも変化が見られる」 ハルヒに変化が起きていることは俺もなんとなくだが気づいている。 それは古泉にも言ったことだが。 「今、涼宮ハルヒを構成している情報の弱体化を確認した」 「なんだって?」 「彼女が倒れたのもその影響」 原因はわからないのか? もう一人のハルヒとの関係は? と聞きかけたところで担任の岡部がやってきてしまった。 長門にまた後で聞かせてくれと言い残し、俺は教室へと戻った。 ハルヒは保健室で寝ているだろう。下手したら家族が迎えにきているかもしれない。 そう思っていたのだが、席にはハルヒが座っている。 「お前、大丈夫なのか?」 と俺の問いに、ハルヒは微妙にはにかむような仕草をした。 まさか! 俺は岡部が教室に入ってくる前にハルヒの手を掴み廊下に飛び出し、人気のないところまで走った。 これではいつもと逆である。 「学校ではその姿にならないって約束しただろ?」 「あたしもそのつもりだったんだけど、どうしてかわからないけどあの姿に戻れなくなったの」 このハルヒが言うには、俺の鞄の中に入っていたが突然その状態を維持できなくなり、 鞄を出てハルヒの姿になってからは光の玉の姿には戻れなくなってしまったというのだ。 ハルヒが戻ってこないのはわかっていたから、とりあえず俺が戻ってくるまで席についていることにしたと。 ハルヒが倒れたことと関係があるのだろうか。とにかく校内に二人のハルヒがいるのは大変まずい。 「ねえ、キョン。あっちの涼宮ハルヒは、どうしたの?」 「貧血で倒れたんだ」 「そう……」 ハルヒは悲しげに表情を曇らせた。 まるで、なぜそうなったかを知っているかのように。 とりあえずハルヒは部室に押し込むことにした。本人はSOS団の団員が来たら嫌だと言っていたが、 他に方法はないし来たら掃除用具入れのロッカーにでも隠れればいいと納得させたのだ。 そして教室に戻った俺が岡部にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。 クラスの連中はハルヒの姿を見ていたはずだが、ハルヒの性格も大体知っているのだろう、 あまり体調が良くないのに教室に戻ってきたが、俺がそれを保健室に連れていった、という絵に見えたようで 誰も気にしていないようであった。そう見られるのも不本意ではあるが、今はそんなことも言ってられないからな。 通知表の受け渡しという魔の行事を終えてその日のHRは終了となった。 谷口や国木田と軽く会話を交わした俺は、部室に行く前に保健室へと向かった。 ハルヒがまだいるかもしれないからな。一応様子だけは見ておいたほうがいいだろう。 保健室に到着すると、中から保健の先生が出てきた。 「あら、何か御用?」 「いえ、涼宮はまだ中に?」 「ええ、大分顔色も良くなったけどもう少し休ませてから帰すわ。あなたは……?」 クラスメイトです。と伝えたところ何を勘違いしたのか、 「あらあら、じゃあ悪いけどあなた送ってあげて頂戴。家のほうに連絡したんだけど、誰もいないのよ」 もう少し休ませてから、と言って保健の先生は職員室の方へと行ってしまった。 やれやれ。 「あ! キョン君じゃないかいっ?」 この声は、 「鶴屋さん、朝比奈さんも」 朝比奈さんは鶴屋さんの後にくっつくようにしてついてきていた。 「キョン君もお見舞いに来たのかいっ?」 ええ、まあそんなところです。 「涼宮さん、大丈夫かなあ……」 いつも酷いことをされているのに朝比奈さんはまるで天使のような優しい心をお持ちだ。 その心を少しでもハルヒにわけてやりたいですよ。 「私、様子見てきますね」 そう言って朝比奈さんは保健室の中に入っていった。鶴屋さんもついていくのかと思ったが、 ドアを閉めると俺の顔を覗き込んできた。 「ほうほう。あんまり動揺はしてないみたいだねっ」 どうして俺が動揺せにゃならんのですか。 「キョン君! はっきりしない気持ちは時に人を傷つけることもあるんだよっ。 キョン君が悪いわけじゃないけどねっ」 鶴屋さんはまるで俺の心を見透かしたかのように言う。 「ふっふーん。なんでわかるんですかって顔してるねぇ。 ま、違ったら違ったでいいんだけどねっ」 そう言って鶴屋さんは保健室に入っていった。 二人が出てくるまで俺は廊下で待つことにした。鶴屋さんから言われた言葉が少しひっかかっていたのもあったからだ。 十分ぐらいして二人は出てきた。 「今日は活動しないと思いますけど、部室に行ってますね。キョン君ともお話したいことがありますから」 朝比奈さんはそう言って鶴屋さんと去っていった。 あっちのハルヒは大丈夫だろうか。 「キョン君、またねっ!」 SOS団の中ではあまり俺にはっきり意見する人がいない。ハルヒは別枠として、 古泉もあまりストレートには言わないし、朝比奈さんや長門もだ。 そういう意味でも鶴屋さんの一言は大きかった。 なんとなく入りづらかったが、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかないので、 俺は意を決して中に入った。 保健室の中にはベッドが二つあり、どうやらハルヒは奥のほうにいるらしい。 カーテンで遮られているので入り口からでは様子を伺うことはできない。 カーテンの側まで近づいたところで、中から声が聞こえた。 「キョン?」 良くわかったな。 「みくるちゃんが言ってたからよ。あんたがいるってね」 なるほどな。納得だ。 「わざわざ何しにきたわけ?」 カーテンを開けると、ハルヒはベッドの中に潜り込んで頭だけを布団の中から出していた。 しかし、頭は逆側に向けているので表情を伺うことができないわけだが。 「大丈夫なのか?」 「何が? ちょっと寝不足なだけよ。みくるちゃんもわざわざ鶴屋さんと来たりして、大げさなんだから」 お前は昨日八時間も寝たとか言ってたじゃないか。それに誰だって心配すると思うぞ。 倒れたなんて聞いたらな。 「とにかく、大したことなんてないのよ。これから山だって行くんだし、寝てる場合じゃないんだから」 ハルヒはそう言って起き上がろうとした。 「おい、無理するなよ」 「別に無理なんか……」 と言いかけてハルヒは手で胸の辺りを抑えた。 だから言ってるだろうが、体調悪いときはゆっくりしておけ。 どうせ治ったらあほみたいに遊びまわるんだから、今ぐらいゆっくりしてても誰も文句は言わんぞ。 むしろみんなも休める。 「うるさいわね……」 ハルヒはまた布団をかぶるとそっぽを向いてしまった。 俺は辺りを見渡して椅子を見つけるとベッドの横に持ってきた。 「なにしてんのよ」 「まあ、なんだ。俺も前に入院したときは見てもらったしな。たまにはこういうのも悪くないだろ」 ハルヒは黙り込んだ。 俺は、「あれは団長としてだから別にあんたのために行ったんじゃないわよ」とか言われるもんだと思っていたので この無言には不意をつかれた。 帰宅する生徒たちの声が聞こえてくる中、沈黙は流れ続けた。 ふとハルヒの手がベッドから出ていることに気づいた。 クローンハルヒの行動の影響か、それとも鶴屋さんの言葉の影響か、 はたまた俺が血迷ったのか、気づいたら俺はその手を握っていたのである。 ハルヒが一瞬体をびくっと震わせた。しかし、声は出さない。 そのうち、ハルヒも俺の手を握りこんできた。 別に俺もハルヒも深い意味があったわけではないだろう。体が弱っているときは手を握ると元気が出るとか そんな噂を聞いたからである。 ……いかんな。鶴屋さんの言っていたことを俺はすでに忘れかけていた。 だが今はそういうことにしておいてくれ。とてもじゃないが心の整理がつかないんでな。 二十分ほどそうしていたが、俺はもう一人のハルヒのことを忘れていたことに気づいた。 この本物のハルヒを連れて帰るにしても、あちらもどうにかしないといけないのだ。 どうやらハルヒは眠ったようなので、静かに手を離すと俺は保健室を後にした。 部室のある旧館に向かう途中の通用路でクローンハルヒが立っているのを見つけた。 「キョン。部室にみくるちゃんが来たから出てきちゃった」 ハルヒのクローンは、本物と変わらない笑顔で俺に近づいてきた。 「そうか。悪いんだけどな、これから朝比奈さんと少し話しをしなきゃいけないんだ。 どこか人目につかないところで待っててもらえないか?」 ハルヒはそれを聞いてむくれッ面になる。 「キョン全然あたしの相手をしてくれないのね」 状況が状況なんだから仕方ないだろ。家に帰ったら遊んでやるさ。そんな余裕があればな。 「まあいいわ。旧館の屋上で待ってるから、話が終わったら来てね」 満面の笑みを浮かべて走り去るクローンの後姿を見送ってから部室へと向かった。 部室の前までやってきた俺は念のためにドアをノックした。 さっきから大分時間は経っているが朝比奈さんのことだ、いつお着替えをしているかわからんからな。 「はーい」 部屋の中から愛らしい声が聞こえてくる。 中からドアが開けられるとそこには朝比奈さん、正確には制服を着た幼い方ではなく、 成長してよりナイスな体になった未来の朝比奈さんが現れた。 「あ、朝比奈さん」 「キョン君、お久しぶり。とりあえず中に入って?」 俺は促されるままに部屋の中へと入った。 部室の中には幼い方の朝比奈さんが椅子に座って気持ちよさそうに眠っている。 「本当だったら、この時代の私がいないときに来たかったんだけど、時間を選んでる余裕がなかったの」 朝比奈さん(大)は深刻そうな表情で目線を少し下に落として言った。 「キョン君も古泉君から聞いたと思うけど、涼宮さんのクローンはどうやら涼宮さん自身が作り出したみたい。 私たちの時代でもあそこまで完璧なクローンは……ってこれは禁則事項でした……」 頭をコツンと叩いてから朝比奈さんは続ける。 「私たちも古泉君たちと同じような見解で今回のことは見ているわ。問題は、本物の涼宮さん。 体調を崩したのは、恐らく少しずつクローンと入れ替わろうとしているから、その弊害だと思う」 なるほど、それでクローンハルヒも以前使えたような力が使えなくなったということか。 少しずつ本物の人間に近づきつつあって、それは本物のハルヒの力を吸い取るように成長している。 そういうことですよね。 「そんな感じだと思う。断定はできないけど……辻褄は合うでしょ?」 確かに、ハルヒが体調を崩したのと同時期にクローンが特別な力を失っている。 これはいよいよ認めなければいけないらしい。 「このままいけば恐らく本物の涼宮さんの存在は消えて、今までクローンだった涼宮さんが本物になるはず。 あくまでも自然に、誰にも気づかれないで元々そういう人間だったという認識になるの」 それは、俺もですか? 「それはわからないけど……」 朝比奈さんは言いにくそうに目をそらした。 「仮に、いや、俺に選択肢が与えられたという前提で考えた場合ですが、 俺はまだどちらを選んだりとかしてませんよ。なのに本物のハルヒと取って変わろうとしているのはなぜです?」 少し怒ったような顔で朝比奈さんが詰め寄ってくる。 「それはキョン君がはっきり伝えないからです。涼宮さんが無意識的にしろキョン君に選択を求めたのは 今の自分よりもこっちのほうがいいかもしれないって思ったからです。 答えを出さないってことは、涼宮さんとしてはやっぱり今の自分じゃ駄目なんだと思うに決まってるじゃないですか!」 この時の朝比奈さんは本気で怒っていたのかもしれない。 もともとおっとりしている人だ、怒っても怖いということはないが、 涙目になって迫ってくる姿には俺の良心を揺さぶるものがあった。 「どちらにしても、キョン君がちゃんと答えを出してあげてください。 どちらの涼宮さんを選んでも未来にはさほど影響はありません。 だから、よく考えて決めてあげてください」 古泉と同じようなことを最後に言って、朝比奈さんは部屋を出て行こうとした。 「朝比奈さん」 「はい?」 「朝比奈さんは、どちらのハルヒが良かったんですか?」 朝比奈さんは困ったような顔をしてから、 「禁則事項です」 と微笑み、去っていった。 可愛らしい寝息を立てている朝比奈さんの横に座り、俺は善後策を考えることにした。 答えを出せ、と言われてすぐに答えを出せるほど俺はハルヒのことを意識しちゃいなかった。 普段があんなだし? いきなりそういうふうに見ろって言われても無理があるってもんだ。 しかし、時間的余裕はあまりないようだ。 ハルヒのあの様子だと、時間が経てば経つほど力を失っていくようだ。 どうしてこう毎度毎度俺は世界の危機だとか人命がかかってるとか、 そんなことばかりに巻き込まれるんだ? それはハルヒと出会ってしまったから、運命……だとは思いたくないが。 以前、閉鎖空間に行ったときもこんなことを考えたな。 ハルヒは俺にとって何なのか。 それはあの時とは少し変化したのかもしれない。 ただ、明確な答えが出せるほどハルヒに対しての気持ちを煮詰めたわけではない。 俺にとってのハルヒ……。 それにしても鶴屋さん、朝比奈さん(大)、古泉やらにあそこまで言われたらまるで俺が悪者だ。 この決着がついたら、ハルヒに奢らせてやろう。理由は適当に考えればいいさ。 まだまだ俺たちの関係は続いていくんだからな。 朝比奈さんが目を覚ましたので事情をある程度まで説明した俺はもう一人のハルヒが待つ屋上へと向かった。 朝比奈さん(小)はただ一言だけ、 「キョン君、今まで私たちがしてきたことを思い出して」 と言って俺を見送ってくれた。 屋上の扉を開けると、クローンハルヒは屋上の調度真ん中あたりで体育座りをしていた。 「よう、待たせたな」 「キョン、待ってたんだから」 ハルヒは立ち上がると俺に向かって走ってくる。 直前で止まるのかと思っていたが、次の瞬間にはタックル(本人は抱擁のつもりだったらしい)をくらって 天を仰いでいた。 ハルヒの頭が俺の胸のあたりにあり、その手でYシャツが握り締められているのがわかる。 「おい、どいてくれないか」 その言葉にハルヒはゆっくりと首を横に振る。 「いや……」 嫌って言われてもな、この誤解されかねない状況は非常にまずいんだが。 「キョンは……あたしのこと嫌いなの?」 ハルヒらしくない声でそういうこと言われると調子が狂うんだが。 「ハルヒ、それなんだけどな……」 と言いかけたところでハルヒは勢いよく体を起こした。 「キョン、遊びにいこう! まだ時間も早いし、ちょっと遠くなら誰にも会わないし。 ね?」 まるで最後まで聞きたくないといったように話を遮ったこのハルヒは立ち上がると俺の腕を掴んで引っ張り上げた。 「話を最後まで聞いてくれ、大事なことなんだ」 「……遊びに行ってくれたら、聞くから、だから……行こ?」 むう。そんな目で見ないでくれ。まるで朝比奈さんのような愛らしい小動物のような目線で見られたら 俺もハルヒとはいえ強引に話を進めるわけにはいかないじゃないか。 「わかったがな、まだ本物のハルヒが校内にいるんだ。それを家まで送らなきゃならん」 「それなら大丈夫。古泉君がどうにかしてくれるわ」 なぜ古泉の名前が出てきたのかは知らんが、とりあえず確認をとってみることにした。 電話に出た古泉は、まるで電話が来るのを待っていたかのような口ぶりで、 「涼宮さんでしたら僕が責任をもって送り届けますよ」 と言った。 どこまで知っているんだ? まさかここにいるハルヒと繋がってるんじゃないだろうな。 「クローンの涼宮さんがまだ校内にいることはこちらも把握してますから。 今回はあなたのサポートを徹底的にやってやろうと決めたんですよ」 ありがたいのやらそうでないのやら。 「そうそう、あなたの選択に口を挟むつもりではありませんが、これまでのSOS団、 涼宮さんのことを含めて楽しい思いをさせていただきましたよ」 なんだそのもう終わりみたいな言い方は。 「いえ、そういうつもりではありませんよ。ただ、環境が変わる可能性もあるのでほんのお礼みたいなものです」 古泉はそう言うと電話を切った。 「大丈夫だったでしょ?」 満面の笑みでハルヒが顔を覗き込んでくる。 そのハルヒのクローンを見ていてわかったことがある。 本物のハルヒが弱っている反面、こちらのハルヒの感情が豊かになってきたように見える。 元々どっちが本物かわからないぐらい似てはいたが、ここに来て雰囲気的な部分で変化が見えるような気がする。 校内にいるハルヒのことも気にはなったが、ここは古泉に任せておこう。 このハルヒに話を聞いてもらわなければ解決のしようもないからな。 「で、どこに行きたいんだ? 言っておくが、そんなに金はもってないぞ」 「んー……キョンと一緒だったらどこでもいいんだけど、なるべく人の目を気にせず動けるところがいいじゃない?」 どうせハルヒは今外をまともに動けないだろうから、遠くに行く必要もないと思うが。 「それじゃ、キョンに任せる」 任せる、と言われても俺にもそんなレパートリーがあるわけじゃないぞ。 「そうだ、商店街! この前涼宮ハルヒとも行ったところ、そこ行きたい!」 というわけで、見た目は全く同じのハルヒと再び商店街にやってきた。 どこが違うかというと、このハルヒは電車に乗ってからずっとべったりくっついてくるぐらいか。 同じコースで周りたいというので、まずは電気屋のおっちゃんのところに向かった。 「おっちゃん! 久しぶり!」 そのおっちゃんにしてみれば二日ぶりぐらいだろう。 まあハルヒの性格だから、本物が言ったところで違和感はなさそうだが。 「おや、今日も来たのかい? ……随分と仲良しだね、いいなあ若い子たちは。あっはっは」 ハルヒに無理矢理繋がされた手を見て人のよさそうに笑ったおっちゃんは そうだ、と何かを思い出したように店の奥に消えていった。 三十秒ほどして戻ってきたおっちゃんの手にはカタログのようなものが握られていた。 「これ、今度来たときに渡そうと思ってたんだよ」 そのカタログは……チャッカマンのカタログだった。 話を聞くと、律儀にもこの電気店の店主のおっちゃんはハルヒの役に立てなかったことを悔やんでいたようで 火炎放射器はさすがに手に入らないが、強力なチャッカマンなら、とカタログを取りに行ったんだそうだ。 そこまでハルヒに肩入れする理由は知らんが、今ここにいるハルヒには何のことだか理解できないようで、 終始不思議そうな顔をしてカタログに目を通していた。 検討してみます、という言葉を残して電気店を出て商店街を歩いていると、 最近できた店だろうか、見たことのない洒落た感じの時計屋ができていた。 この前もここは通ったはずだが、あの時はハルヒに引っ張られるように進んでいたので、 気がつかなかったのかもしれないな。 このハルヒも興味を示したのか、店の中へと俺を引っ張り込んでいった。 しばらくの間、ハルヒは可愛らしい時計などを見て女の子らしい声を挙げていたが、 俺はふと目に留まった時計があった。 そう、それは俺が今している時計と同じものだったのだ。 ハルヒはここでこの時計を買ったのだろうか。 すると、若い女性の店員が近づいてきた。 「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」 「いえ、ちょっと見てるだけなので」 「そうですか、あら? あなたはこの前いらしてた……」 とハルヒの方を向いて店員は言った。 「へ?」 ハルヒが何のことだかわからないといった表情をしたので、俺はあわててフォローに入った。 「実はこいつ双子の姉がいまして、たぶん買いにきたのはその姉のほうかと」 「あら、そうでしたか。随分お悩みになってたんですよ。どなたにあげるんですか? って聞いたら、 恥ずかしそうに『男の友達です』って言ってましたけど、あれはきっと恋する女の子の目でしたわ」 なぜか店員が恥ずかしそうに両手で頬を抑えている。 「最終的にこちらの時計を買っていかれました。もらった男の子と上手くいっていればいいんですけど……」 今度は涙目になってすすり泣きを始めた。変な人だ。 直後、俺はハルヒに腕を引っ張られて外に連れ出された。そして、腕を捲くられて時計を見ると、 「……あたしも買う!」 とか言い始めた。 お前は金を持ってないだろ。それに時計なんて買ってどうするんだ。 「キョンにあげるの! あたしもあげたいの!」 ハルヒのイメージがどんどん崩壊していくな。そんなセリフ、一生聞けないと思ってたぞ。 そんなことで対抗心を燃やしても仕方がないし、時計を二つも持っていても使い道がないということを 懇々と繰り返してようやく納得したハルヒはまた俺の手をとって歩き始めた。 日が落ちるまでそんな調子で連れ回され、暗くなったところで夕食をとることにした。 とはいえ今日は制服なので駅の近くのファミレスに入ることにした。 クローンのハルヒは、 「雰囲気あるところがよかったけど、仕方ないかあ」 と残念がっていたが、俺の懐具合からしてももう一度あのレストランはさすがに厳しいぞ。 小さい男と思われるだろうが、それならぜひうちの母親に小遣い値上げの説得をしてくれ。 食事中はハルヒは終始笑顔だった。 しかし、出てくる言葉は、今度はどこに行きたいとか、キョンにプレゼントを挙げたいから何が欲しい?とか そういう言葉だった。 さすがにそんな中で話を切り出すわけにもいかず、食事を終えて外に出たところでハルヒに話をしようと 改めて言った。 するとハルヒはそっぽを向いて、 「それじゃ、北高にいきましょ」 と言ってさっさと歩き始めた。 電車内では来る時とうってかわってハルヒは無言だった。 離そうとしなかった手も、微妙な距離で離れたままだ。 北高の校門まで来たが、当然ながら門は閉じられている。 「中に入りましょ」 そう言ってハルヒは校門を乗り越えようとした。 俺も黙ってそれに従う。 二人は校庭の一角にあるベンチまできて腰をかけた。 そのまま十分ぐらいはどちらも口を開かなかった。春が近づいているとはいえ、夜風はまだ冷たい。 「なあ、ハルヒ」 「ん?」 「お前はまだどうしてここにいるか、知らないんだよな?」 沈黙が流れる。 「知ってるわ」 俺が続けようとした言葉を遮るようにハルヒは言った。 「ここにいる理由、初めはわからなかったけど、もう見つけたの」 見つけた? 「あたしはキョンと一緒にいたい。理由は、それだけで十分」 ハルヒは真っ直ぐ前を見据えたままだ。 「お前はな、ハルヒに……」 「聞きたくない。……わかってた。涼宮ハルヒがあたしを作り出したってこと」 ハルヒの目に涙が浮かんでいるように見えた。 「でも、涼宮ハルヒはあなたに選択を委ねたんでしょ? それなら、あたしが必ずしも消えるなんて限らないじゃない! あなたは、あたしみたいな涼宮ハルヒを求めていたんじゃないの? 素直で、普通の女の子のような涼宮ハルヒを!」 涙をこぼしながらハルヒは俺に訴えるように言った。 やはり、俺が招いたことだということは認めざるを得なかったが、こう正面から言われてしまうと、 何も言えなくなってしまう。 俺は、俺にとってのハルヒは……。 「ハルヒ、俺は確かに暴力的でわがままで素直じゃないハルヒよりも、 お前のような素直で女の子らしいほうがいいと思っていた」 「それじゃあ!」 「でも、違うんだ。俺にとって大事だと思うハルヒは、ありのままのハルヒだ。 確かに暴力的だし人の話も聞かないし女の子らしくないわで良いところはどこだと聞かれたら 正直どう答えたらいいかわからないが、それでも俺はありのままのハルヒを選ぶ」 クローンのハルヒは俯いてしまう。 「俺には初めから選択肢なんてなかったんだ。選択する権利もないし、必要もない。 初めからそういうハルヒに俺は惹かれていたんだからな」 「……そっか」 ハルヒは立ち上がって数歩前に進むと、ゆっくりとこちらを振り向いた。 「あたしだったら、もっとキョンのことわかってあげられる自信あるよ。 SOS団だってもっと楽しくなる! あの三人とだってきっと上手くやっていける!」 「ハルヒ……」 「だから……」 ハルヒは笑顔を作っていたが、その頬を涙が伝っているのは暗い中でもわかった。 「あたし……消えたくないよ……キョンと……もっと楽しいことしたり、一緒にいたいよ……」 次の瞬間、ハルヒの体が淡く光ったかと思うと、その体がまるで透けるように薄くなり始めた。 「……キョン、最後のお願い……あたしのこと、抱きしめて」 「しかし……」 「大丈夫、後はもう消えていくだけ……だから、お願い」 俺は立ち上がると、ハルヒの背中に手を回した。 すでに感覚も薄れ始めていて、人に触っているという感覚とは少し違っていた。 「……暖かい」 「すまなかったな」 「今更謝らないでよ。あたし、短い間だったけど、キョンと一緒に過ごしたこと、絶対に忘れないから」 ハルヒの体はどんどんとその色を失っていく。 「また……いつか会えるよね?」 「ああ、会えるさ」 「そのときは、あたしも……」 消えかけていくハルヒは最後にこう言った。 「キョン。ありがとう」 翌日、肉体的にも精神的にも疲れていた俺は学校が休みに入ったことをいいことに布団から出ずに寝ていた。 気がつくと12時近くになっていたので飯でも食おうかと一階に降りていくと、 聞きなれた声がリビングのほうから聞こえてきた。 「あー、何よこれ! 結構難しいわね」 「ハルにゃんがんばれー!」 なぜかハルヒが妹とテレビゲームをしている。 「おい」 「あ、キョン君!」 「あんた、やっと起きたの? 春休みだからって気抜きすぎよ! たるんでるわ!」 いつもどおりのハルヒである。 「お前、体調はもういいのか?」 「あたしを誰だと思ってるの? SOS団の団長は風邪なんかでへこたれたりしないのよ!」 そうかい。で、 「何しに来たんだ?」 「遊びにきまってんじゃない! 後で古泉君もみくるちゃんも有希も来るわよ!」 まるで俺の家を私物化である。 「ったく、勝手に決めるなよな」 俺は苦笑いをして着替えをするために部屋へと戻った。 着替えの最中にドアが蹴り破られんばかりに開かれたかと思うと、ハルヒが立っていた。 「あ……」 上半身裸の俺を見てなぜかハルヒは赤面している。自分の着替えを男子に見せるのは平気なのに、 男の裸を見るのは恥ずかしいのか、偏った趣味だな。 「何が趣味よ。それより、昨日あんたが保健室に来てその後のこと、ほとんど覚えてないのよね。 気づいたらあんたいなくて、古泉君が車で送ってくれるって言って家で寝てたら急に元気になってきたのよ」 ほー、いい薬でも飲んだのか。 「薬なんかに頼るほどひ弱じゃないわ。それに、変な夢見たりしてあんまり良い気分じゃなかったわね」 そりゃ、あれだけのことがあって気分が良いなんて言えるほうがおかしいってもんだ。 そんな俺も昨日のことはかなりこたえた。 はっきりさせたって意味では解決したのかもしれんが、二度とはごめんだ。だから、 「ハルヒ」 「ん、何よ」 「俺は、お前みたいな奴と出会ってここまで無茶苦茶なことやってきたりしたが、 後悔なんかしていないし、本気でお前のことが気に入らないと思ったことはない」 「なに? どういう意味よ」 「俺は今のままのお前が好きなんだ。だから余計なこと考える必要はないと思うぞ」 ハルヒは先程よりも顔を真っ赤にさせたかと思うと完全にそっぽを向いてしまった。 「ば、馬鹿じゃないの? 何よいきなり……」 「まあ、そこに少し素直さがあればもっといいかもしれんが」 「す、素直って……」 ハルヒはそれから頭を抱えたり地団駄を踏んだりと今にも暴れそうになっていたが、 「時計……」 ん? 時計がどうしたんだ。 「時計……あげたでしょ。それで十分でしょ! それとも、あたしとあんたの間でそういう言葉が必要?」 ハルヒなりに譲歩した言葉だったのだろうけど、俺にとってそれは最もわかりやすい言葉だったし、 ハルヒの気持ちも伝わってきたからよしとしよう。 お前が言うな、とはさすがに言えないからな。 「いーや。確かに、言葉なんかいらんな」 「ふん」 そう、言葉なんて初めから必要なかったんだ。 俺とハルヒの間にはな。 しかしなんだ、そういう自信が持てなかったというのはお互い様だったと思うし、 もう一人のハルヒがその自信を俺たちに与えてくれたのかもしれない。 全くもって俺に平穏な日々を与えてくれないハルヒであるが、 それを含めて俺はできる限りこの団長様を支えていくつもりだ。 それが、あの消えてしまったハルヒに対する俺なりのけじめだと思うからさ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4012.html
平泉は中々遠く、俺達は小さな町に寄ったり野宿をしたりして、漸く目的地に辿り着いた。 平泉に若者は少なく、どちらかと言えば老人たちがひっそりとこの村で暮らしている…そんなイメージが俺の頭の中に生まれた キョン「ここが平泉か」 ハルヒ「なんていうか・・・本当に村ね。でもかなり古くからあるそうね」 古泉「かつては奥州藤原氏が権力を振るった土地でもありますからね」 キョン「とりあえず洞窟とやらは何処にあるんだ?」 ハルヒ「聞き込みでもしてみましょう」 みくる「あ、あのぅ…すみません」 村民「ん・・・?なにかのう?」 みくる「この村の付近に洞窟ってありませんかぁ?」 村民「洞窟じゃと・・?ぬしら盗賊か!?」 長門「違う…私達はただの旅人」 村民「ふん。どうせ盗賊じゃろうがなんじゃろうがあの洞窟に入っては二度と出てこれん」 キョン「何故だ?」 村民「簡単なことじゃ。財宝目当てにあの洞窟に入っていった盗賊どもで、生きて返って来たものは一人もおらん」 古泉「なるほど…確かに腕磨きには丁度良い場所かも知れません」 村民「わしは知らんぞ。入るなら勝手に行くがよい。この村を出て北の森を探せば入口が見つかるじゃろうて」 キョン「…とりあえず大体の場所は分った。今日はこの宿屋で一泊して、明日に備えよう」 ハルヒ「そうね。それにしても全くあのおじいさん、盗賊と私達を一緒にしないで貰いたいわ」 キョン「財宝を取って返って見せつけてやれば良い。とにかく今日は早く寝るぞ」 古泉「了解しました」 長門「・・・いっくんと一緒に寝る(ぎゅう)」 ハルヒ「古泉君が寝れないだろうから今日は我慢してあげなさい」 長門「・・・わかった」 みくる「じゃあ涼宮さんと長門さんと私はこっちの部屋で寝ますね」 キョン「わかりました。俺と古泉は向こうの部屋で寝ます。おやすみなさい」 みくる「はい、おやすみなさい」 ハルヒ「なによキョン・・・あたしにもオヤスミぐらい言いなさいよ」 宿屋の主人「本当に行くのかい?」 キョン「ええ」 主人「あの洞窟に行って帰って来た者はいない…知っているだろう?」 ハルヒ「大丈夫よ!私達は盗賊なんかよりずっと強いんだから!!」 主人「しかし君達は若い・・・もしかしたら命を落とすかもしれないんだよ?」 古泉「危ないと感じたら引き返しますよ。心配は御無用です。」 主人「そうかい・・それなら良いのだけど」 キョン「生きて、帰ってきますから」 主人「・・・よし、わかった!僕が洞窟まで君たちを案内しよう」 俺達五人は宿屋の主人案内の元、義経の財宝が眠っているといわれる洞窟まで辿り着いた 主人「健闘を祈るよ。それじゃあ・・・」 みくる「案内ありがとうございましたぁ」 キョン「さて、行くか・・・」 ハルヒ「面白くなってきたわね!」 洞窟の中自体は普通の洞窟より少し暗く、朝比奈さんは入った瞬間から幾らか気分悪そうにしている。 キョン「しかし薄暗い洞窟だな」 ハルヒ「そうね。そろそろ大ムカデやネズミの一匹ぐらい出てきても良さそうなんだけど」 みくる「どっひゃああああああああああああああああああああ!!!」 天使が叫びをあげたような、あらゆる意味で神々しい声が洞窟中に響きわたる。 一体どうしたんですか朝比奈さん? みくる「は、ははははは白骨ぅ・・・はっこつですぅうううううう」 キョン「それは何処の洞窟でも白骨ぐらいありま・・・・なっ!?」 ハルヒ「なにこれ・・・」 古泉「これは・・・」 長門「・・・・・」 目の前に広がる白骨の山 白骨の一つや二つなら少なからず見かける機会は在るだろうが、この量は・・・ 古泉「異常…ですね。流石は財宝の眠る洞窟です」 みくる「ふ・・・ふええ・・・」 古泉「おっと!大丈夫ですか?」 みくる「ちょ、ちょっとだけダメかもです・・・」 古泉「気をしっかり持ってください。貴方が気絶したら誰が僕達を治療するんですか?」 みくる「は、はいい・・」 長門「・・・わざと気絶したフリをしていっくんに近づいた?」 みくる「ふえ?」 長門「・・・そうなんだ?」 みくる「ち、ちがいますぅ!」 長門「無駄な乳には渡さない」 みくる「む、無駄な乳ってなんですかあ!!」 以外にも長門は嫉妬深いらしく、古泉に支えられている朝比奈さんを敵視している。 おいおい朝比奈さんは敵じゃないぜ。術とか間違っても使うなよ ・・・あれ?朝比奈さん?後ろにある火はなんです? みくる「火・・?」 キョン「・・・っ魂火だ!!」 ハルヒ「魂火ですって!?なんでそんなものが?」 キョン「わからん!だが間違いなく倒すべきだ」 古泉「同感です。魂火は怨念を宿していると言われます」 宙にふわふわと浮いているそれは突如、マイエンジェル朝比奈さんに向って炎を吐いてきた みくる「ひ、ひゃああああ!?」 キョン「この魂火やりやがったな!乱闘だ!乱闘パーティだ!!」 古泉「陰陽道・火鬼」 ゴオオオオオオ 火の鬼はみるみる内に魂火を覆い、そのまま消えてしまった キョン「・・・ォイ古泉」 古泉「なんでしょう?」 キョン「俺があの魂火を斬りたかったんだけどな」 古泉「とりあえず早めに始末をと思いまして、申し訳御座いません」 キョン「・・・・まあいいさ。同じようなのが沢山出てきたからな」 ハルヒ「これはちょっと大変そうね」 目の前には魂火の大群が見える 白骨の次は魂火の大群かよ。勘弁してくれ みくる「お、おおきなムカデやネズミなんて出てこないじゃないですかああああああ」 ハルヒ「うっさいわね!何時もはそれしか出てこないのよ!!」 長門「とりあえず全掃・・・氷術・水竜」 ハルヒ「そうね!久しぶりにアタシの双剣を使う時が来たようね!!どりゃあああああ」 古泉「長門さんに同感です。とりあえず倒してしまいましょう。陰陽道・幽軍」 長門の放った水の竜と、古泉の放ったぽい変な怨気の大群が瞬く間に大量の魂火を消していく。 ハルヒは双剣を駆使して、俺も俺なりに剣を振るってちょこちょこ敵を倒していく もちろん俺は朝比奈さんの前に立って戦っている。当たり前だ キョン「こんなもんか?」 ハルヒ「そのようね」 みくる「お、驚きましたぁ・・・」 キョン「・・・で前に見える青い霧は一体何なんだ?」 古泉「何やら髑髏にも見えますね」 みくる「た、ただの霧・・・ですよねー?」 霧「・・・・・」 みくる「た、ただの霧っぽいです!さ、さささささ先に進みましょう!!」 霧「・・・ォォ」 キョン「今、何か声がしたような・・・」 みくる「き、きのせいであって欲しいですううううう」 霧「ォオオオオオオオオオオオオ!!!」 キョン「ちょ、見るからに霧ドクロだ!!」 古泉「怨霧、ですね。なるほど、これは盗賊等では生きて帰れない訳です」 ハルヒ「そんなこと言ってないで戦うわよ!双剣・覇鬼蛇切り!!」 スカッスカッ 霧「オオオオオオオオオオオオ」 ハルヒ「当たらない!?」 古泉「霧状ですからね。術しか役にたたないでしょう」 長門「・・・・氷術・水突乱舞」 ドシュッドシュツ!! 怨霧「オオオオオオオ!!」 キョン「聞いてるみたいだな!行くぜ!炎術・火走!!」 ゴオオオオオ 怨霧「アオオオオオ・・・・ォォォォ」 キョン「ラスト頼むぜハルヒ!」 ハルヒ「まっかせなさい!この忍具でどう?伝火はっしゃー!!」 キョン「もったいない!」 ハルヒ「いいのよ!」 怨霧「ォォォォ・・・・・・・ォ・・・・」 キョン「まあ、倒せたようだし良しとするか。」 ハルヒ「伝火、切れちゃったから新しいの買っといてね」 キョン「なんですとっ!?」 ???『「盗賊…まだ懲りずに入り込んで来るか…。我が主の財宝を狙いし愚かな輩共よ…与えよう、貴様等に鮮血の死を……与えよう、死しても尚、永遠の苦しみを…」』 俺達がしばらく洞窟を歩くと、まるで下に降りろと言わんばかりに階段が用意されていた。 キョン「誘っているな」 古泉「でしょうね。降りるしかないでしょう」 みくる「なんかこの下、不気味ですぅ・・」 ハルヒ「洞窟入った時も同じようなこと言ってなかった?さっさと行くわよ!!」 長門「・・・確かに何か威圧感はある」 下へ降りると再び白骨の山が御丁寧に俺達を迎えてくれた キョン「白骨の山、再びだな・・・」 ハルヒ「この格好は剣術家ね・・・ここまで来れるなんて結構な使い手だったんだわ」 キョン「って事はこの先にかなりの脅威が待ち受けてるってことか・・・」 みくる「あ、あのうみなさぁん・・・」 ハルヒ「何よみくるちゃん」 みくる「疲れましたぁ・・・」 ハルヒ「だらしないわねえ全く」 古泉「確かにもう何時間か歩きづめですね。少し休みましょう。それにしても広い洞窟です」 確かに広い・・・こんな広い洞窟を歩くのは初めてだな 長門「・・・やっぱり」 キョン「どうした?」 長門「・・・・休息を取ってから説明する」 しばし休息を取った俺達は立ち上がると、長門先頭の元再び歩き出した キョン「それでどうしたんだ?」 少しばかり小走りで何やら赤い印が地面に描いてあるところまで行く長門 もしやあれに何かヒントが隠されているのか? 長門「下を見て・・・」 古泉「・・・これは!?」 キョン「どうしたんだ古泉?」 古泉「これは移動の呪印です。この上に乗ると体ごと別の場所に移動してしまいます」 キョン「じゃあ…」 古泉「この先にとてつもない何かが待ち受けているか…もしくは財宝が在るか、と言ったところでしょう」 長門「さっき見た白骨の山も謎が解けるかも・・・」 ハルヒ「面白いわ!早く五人で乗りましょう!!」 キョン「待て!ハルっ・・・」 ハルヒ「もう乗っちゃったわよ!みんなも早く~」 キョン「あの馬鹿・・・」 古泉「覚悟を決めるしか無いようですね?」 キョン「・・・だな。いくぞ皆!」 俺達五人は一斉に移動の呪印に乗り込んだ 涼宮ハルヒの忍劇7
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6002.html
涼宮ハルヒの遡及Ⅳ ええっと……ここはどこだ? 気がついたら、見渡す限りの黄砂地帯で地平線の彼方まで続いているような風景が目の前に広がっていたんだ。 というか、いったい俺はいつからここにいるんだ? 「どうやら気づいたようね」 って、え? 聞こえてきた声に反射的に振り返れば、そこには染めていた髪を元の桃色に戻し、マントも羽織ったアクリルさんが神妙な顔つきで左手を腰に当てて佇んでおられました。 「まさか、これがあの子の力なの?」 「あの子って……ハルヒのことですか?」 「そうよ」 言いながら彼女は近づいてくる。周囲に警戒の視線を這わせながら。 「何か知らないけどいきなり、キョンくんの足元に魔法陣が発生したのよ。あっと、魔法陣というのはあたしが知っているものの中であの現象を表現するのに最も適切だと思ったからよ。キョンくんも知ってる言葉だしね」 俺の足元に……魔法陣……? 「ええ。ということはキョンくんには記憶がないのね。あたしに助けを求めて必死な形相で手を差し伸ばしてきたことの」 なんだって!? 「残念だけどあたしも引っ張り出せなかった。というか、キョンくんを引っ張り込む引力が強すぎた。おかげであたしも一緒にここに引き摺りこまれたからね。しかも引力を自在に操るグラビデジョンプレッシャーで対応できなかったということは、あれは引力だけど引力じゃない『転送』ってことになる力よ」 あまり意味はよく分かりませんが……とにかくハルヒの力によってこの空間に俺が連れてこられたってことだけ理解すればいいんだな……しかし何のために…… 「さて、それはたぶん、あなたの方が詳しいでしょうね。正直言ってあたしには何が起こったか分からない」 などと答えるアクリルさんの背後から、 「キョンくぅん!」 いつもながらの愛らしいボイスが、どこか焦りと悲壮感を漂わせながら俺を呼んでいる訳で、むろん、俺がこの声の主を聞き間違えるわけがない。 「朝比……って、ええ!?」 俺が素っ頓狂な声を上げるのも解ってもらいたい。 なんせ手を振りながら駆けてくる悲痛な形相の朝比奈さんの後ろに長門と古泉もいるのだから。 と言っても、そこまでであれば、『ハルヒの力』によってここに飛ばされたことを知っている俺だから、驚くほどでもないのだが、驚いたのはその三人の格好だ。 ツインテールで両目で色の違う戦う超ミニスカウエイトレスの朝比奈さん。 漆黒のとんがり帽子にマントを羽織いちゃちなスターリングインフェルノを手にしている下にはいつもの制服姿の長門。 まあ古泉は何の変哲もない北高ブレザー姿なのだが…… つまりは、文化祭の時の映画の配役衣装で現れたのである。 「気がついたら何か知らない場所にいて、いったいここどこですか? どうしてこんな格好してるんですか? な、何であたしたち、こんなところにいるんですかぁ?」 矢継ぎ早に質問してくる朝比奈さんはすでに涙目である。 いや、そんなに取り乱さなくても。 というか後ろの二人が落ち着き払っているうえに、俺も狼狽していないんですから落ち着いてください。なんとかなりますって。 などと宥めてはいるのだが、朝比奈さんは不安から俺の胸に顔を埋めて震えていらっしゃってます。 ううむ。役得ってやつだな。 「どうやら、あなたは気付いているようですね」 などと肩を竦ませて、古泉が苦笑を浮かべて聞いてくる。 「んなもん、ハルヒの力に決まってんだろ。だいたいなんだってあいつはこんなことをやったんだ?」 「端的に説明すれば、今日の午後からの出来事が起因。おそらく涼宮ハルヒはプロットを作成中。それは文化祭での映画のストーリーの続編と思われる。しかし紙上に表現する前に強く想像してしまった可能性が高い。これが我々がここにいる理由。我々がこの衣装を着衣している理由」 てことは何だ? 俺たちはまた、ハルヒの創造するストーリーの中に閉じ込められてしまったってことか? 「そういうことです。しかし、確かにこれは涼宮さんの力を現実世界には発動させない証明にもなりましたね。現実ではなく次元の狭間のような場所に僕たちの住む町ほどの大きさで一区画分の閉鎖空間=コンピ研の部長氏が巻き込まれました局地的非侵食性融合異時空間を作り出し、そこで想像を現実化させているようです。新世界を創造するわけではありませんから、地域が限定されるだけにこれは案外、喜ばしいことではないかと」 つまり、巻き込まれる俺たちだけが、これまでと変わらない苦労を背負い込むってことも証明されたのにか? 「現実世界が揺らぐよりはマシでしょう」 そんなに変わらん気もするが……。 「しかし一つ疑問がある」 長門? 「文化祭の映画において、あなたは本編に登場していない。我々よりもはるかにあの映画に貢献していたが裏方に徹していた。なのに今回はあなたもここにいる理由は?」 言われてみればそうだ。この三人の格好からすればあの映画の続編だかの話を作っている想像はつくが、果たしてあの映画に俺の登場シーンなんて作れるのか? しかも俺は別段、何のコスプレもしていない、今日、遊びに行った時の格好のままだ。 「それでしたら、そちらのさくらさんもそうですね。この方がこの世界にいる理由も説明付きません」 「ああ、それなら説明付くわよ。あたしはキョンくんを引っ張り出そうとしたんだけどミイラ取りがミイラになっただけだから」 「そ、そうですか……」 古泉の鼻白む呆気にとられた顔ってのは初めて見たな。まあ得てして真相なんて簡単なものさ古泉。あまり深く考えるな。 もっとも俺のことはまだ謎のままなんだが。 「で、これもハルヒさんが考えたこと?」 が、いきなりアクリルさんは腕を組んだまま、笑みは浮かべてはいないが不敵な表情で辺りを見回した。 「え……?」 「な……!」 「……」 どれが誰の声かは勝手に想像してくれ。つか、俺は絶句してしまったんだ。 おいおい勘弁してくれよ。何だって俺たちはいつの間にいつぞやのカマドウマの大群に囲まれてるんだ? ひょっとしてさっき古泉がコンピ研の部長の話を出したからか? 「おや? どうやらこの世界では僕の力も具現化されるようですよ。しかも威力が自由自在のようです」 などと嬉々として言ってくる古泉は手のひらサイズの球にしたり全身で赤いオーラの球を纏ったりしている。 「長門さん、朝比奈さん、おそらく、この世界では映画の時の力があなた方にも備わっていると思います。どうぞ試してみてください」 「ふ、ふぇ?」 「了解した」 朝比奈さんはまだ戸惑ってらっしゃいますが、長門は無表情のままスターリングインフェルノを目の前にかざし―― つか、その前髪の影を濃くした瞳は無表情でも怖いって! などとツッコミを入れる俺の頬を一筋の光がかすめていく! 背後で爆発音がしたと思ったら一匹のカマドウマが砕け散っていた! マジか……? それを合図に、俺たちを取り囲んでいたカマドウマがいっせいに跳ね上がり上空から襲ってくる! 冗談じゃねえぞ! あんなもんに踏みつぶされたら結果なんざいわずもがなだ! つか、俺は何の配役も与えられてなかったんだから特殊能力なんてないんだぜ!? どうするんだよ! 「え、えと……ミクルビーム!」 ほえ!? 俺の腕の中にいる、朝比奈さんが左手でピースサインを作って左目に当てると同時に黄色い声援に近い声を上げられましたよ!? その眼から、今度は俺の鼻先をかすめてビームが発射されましたがな! んで、俺たちの本当に真上にいたカマドウマが粉砕されましたし! 「わぁ、本当です! キョンくん! 今回はあたしも役に立てそうですよ!」 そ、そうですか…… いつも以上の愛らしく可愛らしい笑顔を振り向いてくださっているのですが、とても感慨に浸れるほどのゆとりは俺の心に残っておりません。 「なるほど、涼宮さんの考えが見えてきました」 肩越しに振り返る古泉の眼前では、また一体、カマドウマが吹っ飛んでいる。 どういうことだ? 「どうやら涼宮さんはあの映画の続編的には長門さんの役割を悪い魔法使いから我々の仲間になるという話を作ろうとしているのではないでしょうか。新たな強敵が現れたとき、前回、敵役だったキャラクターを味方にするのはよくある話です。 そして涼宮さんがあなたを登場させた理由ですが、おそらく、あなたは何かの鍵を握っている役。特殊能力はなくともまったく別のことで貢献する役割です。最近のお話には多い気がしますよ。圧倒的な力を持つ者に対して戦う者と解決する者が別の役になっているってものが」 なるほどな。たしかにそういう役割には特殊能力はいらん。我ながら呑み込みが早いな。 「んじゃまあ、その役割を全うしてもらいましょうか。どうやらこの世界から脱出するにはそれしかなさそうだし、この空間が異次元世界の一種である以上、あたしはともかく、ここにいるみんなは条件を満たさないと元の世界に戻れないでしょうし」 ん? この声は…… 「スターダストエクスプロージョン!」 咆哮と同時に放たれた……いや、これはもうこう表現するしかない! 銀河を駆ける数多の流星を彷彿させる光の群れが一瞬ですべてのカマドウマを打ち砕く! 「こ、これは……」 「凄い……」 「……」 古泉、朝比奈さんは愕然とし、長門もまた目を見張っている。 「ふうん――この空間、結構、魔力構成が単純になってるわね。あっさり解読できたわ。しかも、あたしの力は制約を受けていない――」 その視線の先にはマントと髪をなびかせながら悠然と佇むアクリルさんがいる。 「キョンくん、ここはあたしたちに任せて、あなたはこの世界を消滅させられる鍵を見つけてきて」 「分かりました! ……って、鍵って何だ? あとどこにある?」 だよなぁ。何のヒントもないんだよな。これで俺にどうしろと? 「古泉一樹」 「長門さん?」 「あなたが彼のフォローを。ここは涼宮ハルヒが創り出した世界。故にあなたがこの世界のことを一番分かっているはず。我々は大多数の敵を引きつける」 「なるほど。それは名案です。では行きましょう!」 「お、おお!」 言って俺たちは長門、朝比奈さん、アクリルさんにこの場を任せて走り出す! って、どこにだ!? つか、あっさり回りこまれてるし! いや、そもそもいつこいつらは出現した!? などと心の中でツッコミを入れる俺と古泉の目の前には再びカマドウマが群れをなして、今度は、サッカーのフリーキックの時にできる壁の如く並び、俺たちの進行を妨げている。 「ということは向こうに何かある、ということですよ。どうやら僕の勘は間違っていなかったようですね」 「勘か!?」 「あれ? ご存知ないんですか? 物語において主人公格の進む先には何の脈絡がなくても必ず重要なファクターがあるものなのですよ」 「理由になっとらん! それはご都合主義というやつだ!」 「グラビデジョンバースト!」 俺たちの掛け合いを打ち消したのは再び聞こえてきたアクリルさんの咆哮だ! 彼女が生み出した爆発の圧力が壁の一角に大きな風穴を開けた! 「さて、行きますよ!」 「ああ!」 こうなりゃ俺も自棄だ! この空気に乗ってやろうじゃないか! もちろん、駆ける俺たちを阻止せんと、生き残ったカマドウマ達が寄り合い、再び俺たちの壁になるべく陣形を取るのだが、 「ミクルビーム!」 「……」 俺たちの両脇から、いつの間にか走って追いついていた二人、朝比奈さんが声をあげ、長門が無言で素早くスターリングインフェルノを振るうと、二人から放たれた色違いの稲妻が再び俺たちの眼前のカマドウマを破壊する! 「メテオフレア!」 って、今度は上空からか!? んなことできるのはここには一人しかいない訳だが…… 俺たちがカマドウマに最接近すると同時に、それでも俺たちの行方を阻んでいた最後の三匹が消滅する! なんとその向こうには、塔があった! 「どうやらここがこのステージの終着駅なんでしょうか!」 「……そのステージがラストステージという断言はできんのか……?」 言いながら俺と古泉は塔に駆け込む! ん? 他のみんなは? もちろん俺は肩越しに振り返り、 うげ…… 「雑魚は任せてちょうだい。あんたたちは先に進むことね」 そう……この場に似つかわしくないとびっきりの笑顔を見せるアクリルさんと、その両脇に珍しく勝気な笑顔を浮かべる朝比奈さんと、相変わらず無表情だがそれが反って俺に安心感をくれる長門が自信満々に臨戦態勢で立っている。 その眼前にはカマドウマの大群が地響きと砂埃をまき散らしながら近づいてくる様が見て取れるんだ。 まあ確かにあの巨大カマドウマがこの塔に乗り込んでこられても大変だからな。 「それじゃお願いしますよ!」 「OK!」 「はい!」 「了解」 三人の勇ましい返事を聞いて俺と古泉は塔を登り始めた。 もちろん、この塔にはカマドウマ以上の強敵が当然いるのだろうが、逆に、塔の広さを思えばそこまで数多く表れることもないだろう。 と言っても俺には何の特殊能力もないので、思いっきり不本意なのだが…… 「古泉、俺の命はお前に預けるからな」 「信用してくださってありがとうございます」 古泉の笑顔から裏を感じなかったのは初めてだったかもしれん。 さて、この先には何があるのやら…… 涼宮ハルヒの遡及Ⅴ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/865.html
その日のハルヒは、どこかおかしい素振りを見せていた。 そう言うと誤解を与えそうだから、ひとつだけフォローを入れておこう。いつものハル ヒは傍若無人で1人勝手に突っ走り、厄介事をSOS団に持ち込んでオレを含める団員全 員が苦労する──そういうことを、オレは普通だと思っている。この認識に異論があるヤ ツは前に出ろ。オレの代わりにハルヒの面倒を見る役割を与えてやる。 それはともかくとして。 その日のハルヒは……世間一般の女子高生らしい素振りを見せていた。 例えば、休み時間にクラスの女子たちと普通に話をしていたり、あるいはまじめに授業 を受けていたり、さらには放課後にこんなことを言ってきた。 「ねぇ、キョン。今日の放課後、時間空いてる?」 事もあろうに、あの涼宮ハルヒがオレに都合を聞いてきたのだ。 おいおい、なんだよそれは? まさに青天の霹靂ってやつじゃないか。おまえにそんな 態度を取られると、オレはどうすればいいか分からんぞ。 「ねぇ、どうなのよ?」 「あ、ああ、そうだな……それは部活が終わった後ってことか?」 「あ、そっか。うーん……そうね、大切な活動を中止するわけにもいかないか。終わって からにしましょ。忘れたら罰金よ!」 おいおい、オレはただ「いつの放課後だ」と聞いただけなのに、いつの間におまえに付 き合って時間を潰すことになっちまってるんだ? けどまぁ、そういうのがハルヒらしいってことだろう。そんな長時間でなけりゃ付き合 ってやっても罰は当たらないさ。 それにしても……あのハルヒがしっかりアポイントを取ってまで、いったい何を企んで いるのかね。オレは何かやらかしたかな? 思いつくことは何もないが……いやいや、も しかすると相談事とか? それこそありえないだろ。 それなら……と、あれやこれを考えつつ古泉とゲームに興じていると、長門がパタリと 本を閉じた。運命の時間になってしまった、というわけだ。 「それじゃキョン、下駄箱で待ってなさい」 団長さま直々のお達しにより、オレは下駄箱で待つこととなった。古泉に「おや、デー トですか?」などと聞かれたが、軽やかにスルーしておいたのは言うまでもない。 しばらく下駄箱前でボーッとしていると、ハルヒがやってきた。 ここで「待った~♪」などと言ってくれば「おまえは誰だ?」と言い放てるのだが、そ んなこともなく、代わりに口を開いて出てきた言葉は「ぼさっとしてないで、さっさと行 きましょ」とのこと。やはりコイツはオレの知っているハルヒで間違いない。 「んで? オレの貴重な青春時代の1ページを割いてまで、いったい何の用だ?」 北高名物のハイキングコースを並んで歩きながら、オレの方から話を振ってみた。 「……あんたさ、中1の夏、何してたか覚えてる?」 ややためらいがちに、ハルヒが口を開いた。 「なんの話だ?」 「いいから! 覚えてるのかって聞いてるの」 わざわざオレを呼び出して、意味不明なことを聞いてくる。そんな昔の話なんぞ、覚え ているわけがない。 おれが正直にそういうと、ハルヒは眉根にしわを寄せた。 「そうじゃなくて……ああ、もう! 中1の七夕の日、あんた何やってたの?」 この瞬間湯沸かし器みたいにキレる性格はどうにかならんもんか? それはそうと、中1の七夕だって? 我が家では七夕に笹を出して織姫と彦星の再開を 祝う習慣はないから、いつもと変わらない一日だった……というか、待て待て。なんでそ んな話題を振ってくるんだ? オレはともかく、ハルヒにとっての中1の七夕と言えば……校庭ラクガキ事件の日じゃ ないか。そのことは新聞にも取りざたされた話だから、知っているヤツは多い。けれど、 ハルヒ自身の口からそのことを言い出すのは皆無だ。 「中1の七夕なんて、いつもと変わらない1日に決まってるだろ。そういうおまえは、校 庭にはた迷惑なラクガキしてたんだっけ?」 その詳細を知ってはいるが言うわけにもいかない。誰でも知ってるような話で切り返し たが、ハルヒは不意に立ち止まり、じーっとオレの顔を睨んでいる。 「なんだよ?」 「あんたさ、好きな子とかいる?」 …………おまえは何を言ってるんだ? 「いいから、いるのかいないのかハッキリしなさいよ!」 なんでそんな怒り口調で問いつめられなければいけないんだよ? とも思ったが、ここ でこっちもテンションを上げるのは、ハルヒの術中にハマりそうでダメだ。オレが冷静に ならなきゃ、会話が成り立たなくなる。 「なんで中1の七夕の話から、そんな話になるんだ? そもそも、どうしてそんなことを おまえに言わなくちゃならないんだ」 「それは……」 なんなんだこれは? なんでそこで口ごもるんだ。タチの悪いイタズラかと思えるよう な展開じゃないか。今のハルヒは、そうだな……まるで告白前に戸惑う女の子みたいに見 える。いや、オレにそんな状況と遭遇した経験なんぞないが、ドラマでよくある展開だ。これ でハルヒがオレに告白でもしようものなら、明日には世界が滅亡するぜ。 「…………」 「…………」 ハルヒが黙り、オレも黙る。なんともいたたまれない沈黙に包まれて、かと言ってオレ から話しかける言葉も見つからずにいると。 「もういい」 ふいっと背を向けて、1人早足で坂道を降りていく。その背中には妙な殺気が籠もって いて、とても並んで歩く気にはなれず、ただ後ろ姿を見えなくなるまで見送った。 そんなことがあった前日、どうせ今日には元に戻ってるだろうと登校してみれば、ハル ヒは学校に現れなかった。 あいつが休むとは珍しい。これは別の王道パターン──ハルヒが海外に引っ越す──か と思ったが、朝のホームルームで担任の岡部からそういう話はなかった。むしろ、「涼宮 は休みか?」などと言っていたから、病欠ってわけでもないようだ。純然たるサボリって ことなんだが……そうだな、おかしな事態だ。 あいつは授業中こそつまらなさそうにしているが、無断でサボるようなヤツじゃない。 異常事態だってことさ。 1限目が終わり、オレはすぐに9組の古泉のところへ向かった。ハルヒの精神分析専門 家を自称するアイツなら、何かわかるかもしれん。 「え、登校していないのですか?」 と思ったが、古泉も寝耳に水の話らしい。 「昨日から様子がおかしくてな。それで今日は不登校だろ? 何かあったのかと思ったん だが……おまえの様子を見るに、閉鎖空間もできちゃいないようだな」 「そうですね。ここ最近、僕のアルバイトも別方向の役目が多くて……おっと、これはあ なたには関係ない話ですが。ともかく、今の涼宮さんは安定しているようです」 おまえのアルバイトでの役目なんぞどーでもいいが、その話でハルヒがストレス貯めて たり、妙なことを企んでる訳じゃないことは把握した。 しかし、まったく何もないわけじゃないだろう。 これまでの出来事を思い返し……あんな物憂げなハルヒを見たことは、2回ほどある。 七夕とバレンタイン。 あのときの様子とよく似ている。かといって、今はバレンタインって時期じゃない。も ちろん七夕って日でもないが……しかし、あいつの方から七夕の話題を出したってことは、 思い出さざるを得ないことがあった、ってことだろう。 ジョン・スミスの名前を。 時間的には昼休みか。そろそろ電話をしてもいい頃合いだろうと考え、ハルヒの携帯に 電話をかけてみた。 2~3回ほど留守電サービスに繋がったが、その後にようやく繋がった。携帯からじゃ なくて公衆電話からだからか、警戒したようだ。そりゃオレも見知らぬ番号や携帯からか かってきた電話には出ないがね。 『あんた誰?』 電話応対の定型文を使うようなヤツじゃないが、そういう態度はどうかと思うぞ。 「オレだ」 『あたしに「オレ」って名前の知り合いいないんだけど? つーか、さっきからしつこい し。その声、もしかしてキョン? だったらふざけた真似はやめなさいよ』 「いや……ジョン・スミスだ」 『…………え?』 この名前を口にするのも久しぶりだ。できることなら名乗りたくもなかったが、事情が 事情だしな、仕方がない。対するハルヒも、オレが何を言ってるのか理解できていないよ うだった。それも仕方がない。 「なんつーか……久しぶりだな」 我ながらマヌケな言葉とつくづく思う。毎日その顔を見ておいて「久しぶり」もなにも あったもんじゃない。 『あんた……ホントに、ジョン・スミス? じゃあ、やっぱりあの手紙もあんただったの?』 それがハルヒの物憂げな気分の正体か。 その手紙になんて書かれていたか聞き出すのは難しそうだが、わざわざ「ジョン・スミ ス」の名前を語っているということは、タチの悪いイタズラで済まされる話じゃない。 「その手紙になんて書いてあったかは知らないが、オレが出したものじゃないことは確か だな。今日、学校を休んでいるのもその手紙のせいか?」 『そうだけど……ちょっと待って。ジョン、なんであたしが学校休んでるの知ってるの?』 しまった、余計なことを口走っちまった……。 『あんた、今学校にいるのね? そうなんでしょ! 今から行くからそこにいなさいよ、 逃げたら死刑だからね!』 言うだけ言って切っちまいやがった。やれやれ、これもまた規定事項ってヤツか? だ としたら……そうだな、ここで頼るべきは長門か。はぁ……まいったね。 5限目の終了を告げる鐘の音とともに、教室のドアがぶっ壊れるほどの勢いで開かれた。 そこに、鬼のような形相でハルヒが立っている。 ハルヒは呆気に取られているクラスメイトと教師を一瞥し、ずかずかと教室の中に入り 込んできたかと思えば、オレのネクタイをひねり上げてきた。 「着いてきなさい」 声が低く落ち着いているだけに、逆に怖い。 ずるずる引きずられて教室から出て行くオレを、哀れな生け贄を見るような目で見つめ るクラスメイトの視線が痛かったのは言うまでもなく、教師すら見て見ぬふりをするとは どういう了見だ? 教育委員会に訴えてやろうか。 「協力しなさい」 屋上へ出る扉の前。常時施錠されていてほとんど誰も来ないこの場所で、既視感を覚え るような事を言われた。前と違うのは、今回はカツアゲどころか命を取られそうな殺気が 籠もっているというところだろうか。 「いきなり学校にやってきたと思えば、何に協力しろって?」 「校内に、あたしらより3~6歳年上の見慣れない男が一人、うろついてるはずよ。そい つを見つけて確保した上で、あたしの前に連行してきなさい」 なんつーことを言い出すんだ、おまえは? そもそも校内に見慣れない男がうろちょろ してたら、誰かがすでに気づいてるだろうが。 「あんた、校内にいる教師の顔、全員覚えてる? 一人くらい見慣れないヤツがいたって、 それらしい格好してれば紛れ込めるわ」 まぁ……言われて見ればそうかもしれないな。部室にあった、過去の卒業アルバムに載 っていた教員一覧は4ページに渡っていたわけだし。 「いい? 時間はないの。怪しいヤツを見かけたら、拉致って即座に連絡すること。次の 授業なんかほっときなさい。それと、このことはSOS団全員に通達することも忘れない ように! ところで……あんた、携帯忘れてないわよね?」 「それは持ってるが……」 「ちょっと貸しなさい」 言うが早いか、ハルヒはいきなりオレの上着の内ポケットに手を突っ込むと、携帯電話 を強奪しやがった。どうしてオレはキーロックをかかけてないんだ、と最初に思った時点 で何か間違ってる気がするのは、この際ほっとこう。 「……あんた、昼にあたしに電話した?」 我が物のようにオレの携帯をいじるハルヒは、どうやら着信履歴を真っ先にチェックし たらしい。こいつの旦那になるヤツはあれだ、履歴チェックは欠かさないようにすること を忠告しよう。 オレはどうだって? オレの場合、見られて困る相手に電話をしてるわけじゃないから、 別に気にしないさ。 「かけたよ。おまえが学校に来ないのが気になったんだ。通じなかったが」 「ふーん、そっか」 正直に話すと、それで興味を無くしたのかハルヒは携帯を投げ返し、そのまま猛烈な勢 いで階段を駆け下りて行った。オレはいつぞやのように一人、取り残されたってわけだ。 どうやらあの様子から察するに、あいつの頭の中では校内にジョン・スミスがいるっ てことになってるんだろう。 それはあながち間違いではないが……捜す対象がオレらより3~6歳ほど年上の男とな ると、まず見つかるわけがない。それは言うまでもなく、オレがジョン・スミスだからだ。 そりゃまぁ、あいつが中1の七夕のとき、オレは北高の制服を着ていたし、事実高1だ った。学年まで気づかなかったとして、制服を着ていることから3~6歳ほど年上と思う のも仕方がないことだろう。 しかしなぁ、かくいう張本人を目の前にして、そいつを捜せと言われても困るんだがな ぁ……。捜す振りをして、ひとまず残りのメンツに話だけを通しておけばいいだろう。 そんなことを考えていたら、突然オレの携帯が鳴り出した。 ディスプレイを見れば、 番号非通知。 嫌な予感がくっきり色濃く脳裏を過ぎった。どんな色かと問われれば、黒というか闇色 というか、そんな感じだ。 「……もしもし?」 『午後3時、旧館屋上に』 「は?」 通話できたのは、たった一言。無味乾燥な物言いは、どこかで聞いたことのある声だっ た。けれど、記憶にあるその声とは何かが違う。 どうやら、オレが思っている以上に厄介なことが起きてる。そんな予感を感じさせるに は十分な通話内容だ。 「なにがどうなってるのかサッパリだが……」 宇宙的、あるいは未来的、もしくは超能力的な厄介事に巻き込まれているのは間違いな い。これがせめて、異世界的な異変でないことだけを心から願いたいが……何であれ、そ れでもオレを巻き込むのは勘弁してもらいたいね。 困った事態というのは、ひとつ起こればドミノ倒しの要領で立て続けに起こるもんだ。 オレはそのことを、涼宮ハルヒという人間災害から骨の髄まで染み込むほどに学んだ。 それが今、まさに、この瞬間、立て続けに起こっているわけだ。 ひとまず古泉には事情を説明して『機関』の人員の手配を頼んでおいた。長門にも協力 要請を出しておいた。朝比奈さんは、申し訳ないが最初から巻き込んでいる。 SOS団的に言えば、盤石のフォーメーションで挑んでいると言っても過言ではない。 にもかかわらず、オレが危惧しているのは、オレ自身が上手く立ち回れるかどうかについてだ。 まいったね。「やるかやらないかより、出来るか出来ないかが問題だ」なんて格言があ るのかどうかは知らないが、ここで本音を語ろう。声を大にしてだ。 出来ません。無理です。勘弁してください。 「フォローはする」 心強いコメントだが、どこか投げやりなのは気のせいか? 「そもそも、本来の場所はここじゃなかったよな。公園だっけ?」 「些細なこと。重要なのは事実が現実になるかどうか。情報操作は得意」 そういうもんなのかね。やっちまった……と思って、けっこうへこんでるんだが……。 「それならそれで長門よ、前にも言ったが……もうちょっとマシな形にはできなかったの か? かなり抵抗があるんだが……」 オレは手の中に収まっている黒光りする鉄の塊を、腫れ物にでも触るような手つきで持 て余していた。 「その形状がもっとも効率的。あなたが無理ならわたしがする」 「……すまん、さすがにオレには無理だ」 「そう」 オレは手の中のもの──拳銃を長門に手渡した。自分がやるべきなのだろうが、いくら なんでもこんなものをハルヒに向けて、狙い通りに撃ち抜くなんて、そこまでオレは淡々 と物事を冷静に運ぶことはできない。 「そろそろ時間」 ふいっと視線をはずし、長門は目の前の扉に目を向ける。オレは時計を見る。朝比奈さ んを見習って、電波時計にしているから狂いはない。 時間は午後3時になる5分前。各教室では本日最後の授業が行われている真っ最中だ。 普通なら、歩き回っている生徒なんているはずもない時間だが……目の前の扉が、もの凄 い勢いで開いた。 「見つけたわ!」 ドカン! と音を立てて、旧館屋上の扉が開かれた。 そこに立っているのは、言うまでもなくハルヒ。その形相は、親の敵を見つけた仇敵と 相対する西部劇のガンマンみたいな顔つきだ。 「あなたがジョン・スミスね! ふざけた名前で捜すのに苦労したわ。よくもまぁ、あた しが中1のころから今の今まで、逃げおおせたものね!」 「落ち着けよ。積もる話もあるだろうが、そういう場合じゃないんだ」 「どんな場合だっていうのよ! あたしはずっとあんたを捜してたわ。そのために北高に も来たし、SOS団まで作ったのに……あんたはずっと雲隠れしてて! どれもこれも全 部あんたを捜すために、」 「おいおい、そうじゃないだろ」 ハルヒの言葉を遮って、オレは言うべきことを口にする。 SOS団、つまり『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』っ名称は、そりゃ 確かに七夕のときのオレの一声をもじって付けたものかもしれない。そこにどんな思いが 込められていたのかなんて、オレにはとっくに分かっている。 だが、それはあくまでも切っ掛けにすぎない。今ここにいるハルヒがやってることは、 何もジョン・スミスに会うためだけにやっていることではないはずだ。 「今、おまえはけっこう楽しんでるだろ? オレと会うことでほかのすべてを捨ててもい いとは思ってないはずだ。目的と手段が入れ替わってることに、そろそろ気づいてもいい んじゃないのか?」 「何よそれ!? あたしは……」 「言いたいことは分かってるさ。ああ、悪いな」 オレはちらりと時計を見る。そろそろ午後3時。時間だ。 「話は、ここまでだ」 オレの言葉に合わせるように、長門は迷いなく銃口をハルヒに向けて、その引き金を引 いた。 パシュン、と軽い音が響く。その音に胸騒ぎを覚えたオレは、階段を出来る限りの速さ で駆け上った。 そこで目にしたのは、倒れているハルヒと、スーツに身を包んだ一組の男女。その二人 が何者かと考えるよりも先に、オレはハルヒに駆け寄っていた。 正直、血の気が引いた。直後によく動けたものだと、あとになって自分自身に感心したほどだ。 「ハルヒ! おい、しっかりしろ!」 見た限り、ハルヒに外傷はない。ただ、いくら呼びかけても返事はなく、その姿はまる で眠っているように見えた。 「眠らせただけ。それより、動かないで」 まるでどこぞの社長秘書のような出で立ちで、ご丁寧に怪しさ倍増のサングラスまでか けたその女性が、膝を折ってオレを見る。……あれ、この顔はどこかで見たことが……と、 考えるよりも先に、それは起こった。 大袈裟な変化があったわけではない。ただ、オレが駆け込んできた屋上へ通じる出入り 口がなくなっている。場所こそ旧館の屋上ということに変わりはないが、目の前にはどこ にでもいそうな大学生、あるいは社会人的な年代の男女数名が現れていた。 いったい何時の間に、どこからやってきたのかさえオレにはわからない。というか、そ もそも今がどういう状況なのかもわからない。 「悪いが見ての通りだ。ここでドンパチやるのは構わないが……」 ダークスーツに、こちらもサングラスをかけている男が、目の前の相手を前に口を開き、 彼方の方向を指さした。 「鷹の目がここを狙っている」 その瞬間、男と数名の男女のグループの間の地面が、パキン、と爆ぜる。まさか……と は思うが、もしかして今、どこぞから狙撃でもされてるんじゃないだろうな? 仮にそう だとしても、ここから狙い撃てる場所なんて、裏山の傾斜くらいだ。1キロくらい離れて るんじゃないのか? 「さらにここには、なが……こいつもいる。ジョン・スミスの名前を使ってハルヒを引っ 張り出すのは悪い考えじゃないが、できれば二度と使わないでもらいたいね」 男とその敵対グループらしい連中とのにらみ合いがしばし続き──誰と言うわけでもな く舌打ちを漏らすと、連中は次々に屋上の柵を乗り越えて飛び降りていった。 「時空間転移を確認。この時空間からの消失を確認した」 「はぁ……やれやれ。もう二度とこんなことをさせないでくれよ……」 深いため息をついて、男は腰が抜けたようにしゃがみ込む。この二人は……まさかとは 思うが……けれど、そんなバカな話があってたまるか。 「みなさん、大丈夫ですかぁ~?」 がちゃりと音を立てて、いつの間にか下に戻っていた屋上のドアが開かれる。そこに現 れた人影を見て、オレの疑念は確信に変わった。 現れたその人は、オレが何度も会ってる朝比奈さん(大)だった。ここでこんな登場を するということは、規定事項ってことなんだ。それはつまり、目の前の2人はオレが思っ ている通りでいいってことですね? 「ああ……いや、深くは聞かないでくれ。オレのこともだいたい分かってると思うが…… そうだな、古泉が所属する『機関』の上の人間と思ってくれ」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ。なんだって!?」 「時間を自由に行き来できるなら、未来が過去において自由に動けるその時間帯での組織 を作っていてもおかしくないだろ。そうでもしなきゃ、ハルヒは守れないんだ」 「ハルヒを……守る?」 「ちょっとキョンくん、喋りす……あ」 朝比奈さん(大)は黒スーツの男に向かってそう言った。「あ」って、迂闊すぎます… …が、今は有り難いね。それで確信が持てた。 やっぱり、この二人は……未来のオレと長門なのか!? 「そいつは禁則事項ってヤツだ。ただ、今回のことでわかったと思うが……まだまだハル ヒ絡みの厄介事は続くってわけさ。同情するぜ」 いやもう、頭が混乱してきたぞ。何がどうなってるのかしっかり説明してくれ。 「それは追々分かるだろ。ハルヒはもうちょっと寝てるだろうから、しっかり介抱してく れ。目が覚めたら今回の出来事は忘れてるはず……だよな?」 未来のオレが隣の……たぶん、未来の長門に確認を取ると、微かに頷いた。 「ああ、あと古泉経由で新川さんにも礼を言っといてくれ。さっきの狙撃はなかなかのも んだったしな。んじゃま、10年後に会おう」 その後のことを少しだけ語ろう。 屋上からの出入り口から出て行った3人の後を追うように、すぐに後を追ったが姿はなく ……長門(大)に眠らされていたハルヒを保健室に運んだオレは、未来からやってきて いたオレたちについて憶測を巡らせた。 今回の出来事は、直接的には今のオレやハルヒに関係のない事件かもしれない。むしろ 未来のオレらに関わる事件が、たまたまこの時間軸に関わりがあったにすぎず、その騒動 に巻き込まれただけのような気もする。 この時間軸で事の詳細を正確に理解しているのは長門だけだろうが、親切に話してくれ なさそうだ。何しろ、オレの未来に直接的に関わってくる話だしな。 未来のオレは「古泉が所属する『機関』の上の人間」だと言った。つまり、オレは将来 的には古泉と同じ『機関』の、それもトップクラスの立場になるかもしれない。下手をす ると、『機関』の現時点でのトップは未来のオレ……なんてことも、あの口ぶりでは十分 にあり得そうだ。もしそうだとしたら、悪いが全力でそんな未来を変えようと足掻くだろう。 しかし未来のオレは、その現実を受け入れていた。そう決断しなければならない出来事 が、今後起こり得るかもしれないが……そんなことは考えたくもない。 「……うん」 「よう、お目覚めか」 「あれ……キョン? あれ……あっ!」 寝起きとは思えない勢いでハルヒは保健室のベッドから飛び起きた。こいつは低血圧と は無縁なんだろうな。 「ちょっとキョン、あの男はどこ行ったのよ!」 オレの首を締め上げて、もの凄い勢いでまくし立てている。おいおい長門(大)よ、今 回の騒動のことをハルヒは忘れてるんじゃないのか? どう見てもしっかりばっちり完 璧に覚えているじゃないか。 「あ、あの男って誰のことだ!?」 「誰って、そりゃ……あれ? えーっと……」 続く言葉が出てこないのか、ハルヒは肝心なところは覚えていないらしい……というか、 ジョン・スミスについて何も覚えてないんじゃないのか? 「なぁ、ハルヒ。真面目に聞くから正直に答えて欲しいんだが」 いまだにオレの首を握りしめている──といっても力はまったく込められていなかった が──ハルヒの手を取り、オレは肝心なことを尋ねようと思った。 それがたとえ、オレの思ってる通りでも違ったとしても、オレとハルヒの今の関係が崩 れる類のものではない。ただ、オレの決心が鈍るかもしれない質問だ。 「おまえ、SOS団を何のために作った?」 「はぁ? あんた何言ってるの。最初に言ったでしょ。もう一回聞きたいの?」 「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶことか? 本当にそれだけか?」 当初ならそのセリフで納得も……できやしないが、まぁ、ハルヒならありえそうだなと 思って追求しなかったさ。 しかし、今日この日に至るまで経験したさまざまなことを鑑みて、ハルヒがただその理 由のためだけにSOS団なんて作り出したとは、オレには到底思えない。SOS団の名称に したってそうさ。 ハルヒはただ、ジョン・スミスとの再会を願ってこの名前を付けたんじゃないのか? だからもし、ハルヒがジョン・スミスがオレと知ってしまえば……SOS団はその役目 を終える。それが怖かった。もしそうなら、オレはこいつに「自分がジョン・スミスだ」 などとはとても言えやしない。 「……あんたが何を考えてるか、だいたい分かってるわ」 キュッとオレの手を握り替えし、ハルヒがオレの予想とは違うことを言った。 「最近、みんなと一緒に遊ぶことが楽しくて、本来の結成目的がおざなりになって不安に なってるんでしょ? でも安心しなさい。あたしはまだ、当初の目的を忘れていなんかい ないわ! いつか、必ず、絶対に宇宙人や未来人や超能力者を見つけてやるんだから!」 「本当に……そうなのか?」 「はぁ? 当たり前でしょ!」 語気を強めるハルヒだが、オレはまだ納得できない。 「しかしだな、SOS団の名称が……なんつーか……センスないなと思って」 「うっさいわね! 昔、変なヤツが言った言葉を借りて命名したのよ。あたしのセンスじ ゃないわ」 「そいつを捜すために、名前を借りたのか? つまり、SOS団ってのは……」 「うーん、そりゃ捜したい気持ちはあるし、ちょっとは気になってるけど……ほら、昨日 あんたに中1の七夕のときのこと聞いたでしょ? そのときに会ったヤツが言ってたセリ フでさ。そいつ、なんかあんたに……そうね、ちょっと似てたかも。だからもしかして、 あんたじゃないかって考えたこともあったわ。なんでそんなこと考えたのかしらね? あ り得ないのに」 あり得ないと思ってくれるのは有り難いが、事実その通りで、こいつの勘の鋭さにはと にかく呆れるね。 「でも、それはあくまでも切っ掛け! そもそも、その男は自分は自分で楽しいことして るに決まってるわ。あたしも負けてられないから、名前を借りたのよ! いつかあたしの 前にふらっと現れたときに言『あんたより、あたしのほうが楽しいことしてる』って言っ てやるためにね!」 ああ……どうやらオレは、未来の自分と会って少し混乱していたらしい。よく考えれば、 疑う余地なんでまるでないじゃないか。 ハルヒはSOS団結成の理由を「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこ と」としているが、実際はそうじゃない。 かといって、オレが邪推したように、ジョン・スミスを捜し出すためでもない。 そりゃ、その両方もまったくのウソというわけではなく、心の片隅にちょっとはあった のだろう。だが、ハルヒの心を占めているのは、普通の高校生らしい、ただ純粋に「今の この瞬間を思いっきり楽しみたい」って気持ちだけなんだ。 ハルヒにちょっと桁外れのトンデモパワーがあって周りは騒いでいるが、本人は青春を 謳歌したいだけなんだ。それならオレは、ハルヒ的青春の謳歌に付き合ってやるさ。今ま で散々、周囲に迷惑をかけて面倒を巻き起こしてきた過去に比べれば、どれほどまともで 健全なことか。 それを未来的な策謀や、宇宙人的な思惑や、秘密結社らしい陰謀で潰すのはあまりにも 身勝手な話だ。だからオレは……そうか、だからなのか。未来のオレは、10年経ったそ のときでも、SOS団のメンバーと一緒にハルヒを守ってるわけか。そのために、面倒な ことに進んで首を突っ込んでいるのか。それこそ、願ったり叶ったりだ。 もしかすると、今回の事件はオレにそう思わせるために必要な出来事だったのかもな。 「何よあんた、ニヤニヤと締まらない顔しちゃって」 予想以上の結論に至って満足していたのか、その喜びが顔に出ていたらしい。ニヤニヤ とは、そこまでイヤらしい感じじゃないだろ。 「なぁ、ハルヒ」 「な、なによ」 「これからも、一緒にいてやるぞ」 「ふぇ?」 ……なんでそこで赤くなるんだ? どうして急に力を込めて手を握りしめてくるんだ? 「キョン……それってつまり……ええっと、世間一般で言う告白……のつもり?」 「は?」 待て待て。なんでそういう……そういうことになるのか? もしかしてオレ、素で勘違 いされるようなこと言ってたか? ここは一応、フォローしておくべきか……? 「……つまり、SOS団の一員として、なんだが……いだだだっ!」 物の試しで言ってみたが、瞬く間にハルヒの顔が別の意味で赤くなった。つまり、照れ 方向から怒り方向にシフトして顔が赤くなった……ようにオレには見える。 「……いっぺん真面目に死刑にしてあげようかしらね?」 ハルヒさん、リンゴを握りつぶすような握力で手を握らないでください。その鉄球みた いな頭突きを繰り返さないでください。いや、マジで痛いって! 「あんたには言葉の重みってのを教えてあげる必要がありそうねぇ……覚悟しときなさ いよ!」 妙なスイッチが入ったハルヒを、オレが止めることなんて出来るわけがない。そもそも こいつを守る必要が本当にあるのかどうかも悩むところだ。 これから少なくとも10年は、こんなことが続くのか……やれやれ、まいったね。 だがそれでも、オレはもう二度と冒頭に思ったセリフは口にしないつもりだ。 そりゃそうさ。こんなハルヒの面倒を、今後10年は見守っていられるるヤツなんて、 オレ以外の適任者がいるとは思えない。 なぁ、そうだろ? 〆
https://w.atwiki.jp/yuriharuhi/pages/43.html
建前は冬合宿、その実は今年度最後の大騒ぎ、または古泉劇団発表会の場となった鶴屋家別荘。 掘ゴタツに足を突っ込んで、俺達はハルヒと古泉が共同製作したスゴロクに興じていた。 「はい。次、有希の番ね!」 手元に転がって来たサイコロを拾い上げて、ハルヒが長門に手渡す。 長門はサイコロを手の平で受け止め、すぐに少しだけ手を傾けてテーブルに落とした。 「…に」 振ったサイの目に書かれた数を呟いて、長門はコマを二マス進めた。 げえ。それが俺が長門のコマが止まったマスの指令を読んだ感想だ。 「『団長を気分良くさせる言葉を五種類以上言う』…」 ぱちり、と一回だけ瞬きをして長門はそれを読み上げた。 どうする長門。お前は社交辞令とかには無縁な奴だよな。 天上天下唯我独尊が乗り移ったようなハルヒを褒めるなんて、罰ゲームにしかならないぞ。 そう俺が考えていると、 「有希? その…できなくても別にいいのよ? 有希は素直だから、褒め千切るなんてできないだろうし、キョンみたいに罰金なんて言わないわ」 と、ハルヒが少し困ったように長門の顔を覗きこんだ。 何かもう、文句を言う気にもなれんな。この俺限定の不平等にも長門限定の気ィ使いっぷりにも慣れちまった。 あと暗にそれは褒め千切る天才の古泉は素直じゃないって言ってることになるぞ。 いや、その通りだが。 ハルヒや俺の心配をよそに、長門はコタツの中で身をよじって、ハルヒの正面を向くように座り直した。 お、パスしないのか。 「活発」 ひとつ目だな。まあ嘘ではないだろう。 「健康的」 ふたつ目。あれ、それってひとつ目のと意味被ってないか? 「物怖じしない」 みっつ目。あー、まあな、当てはまるわな。 「優しい」 よっつ目。長門限定だがな…ところでハルヒよ、今のお前に鏡を見せてやりたくてたまらんのだが。 なんつーだらしない顔だ。 よっぽど嬉しいんだろうな。 最後の一個。 五種類以上ってことは、いつつより多くてもいいと言うことだが、最低限のいつつでも上出来だろう。 なんてたってハルヒを褒める言葉だからな、いつつは多過ぎるくらいだ。 さーて、長門は最後に何と言うかな? 「…好き」 それは…褒め言葉なのか?個人的な感情じゃないのか?? 長門の爆弾発言に、見ろ、朝比奈さんはおろか古泉まで固まってるじゃないか。 こんな時でも落ち着き払っている多丸さんは流石だな…鶴屋さん、大爆笑してるのなんてあなただけですよ。 いや、それよりも…おいハルヒ!! なんだってお前はタコみたいに真っ赤になってるんだ!? 「わ、私もよ…」 もじもじ、と効果音を背負えるほど顔を更に赤く染めて言うハルヒに、 「そう」 とあくまで無表情な長門。 朝比奈さんが何となく寂しそうに見えるのは…俺の気のせいだ、うん。 終わり。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3348.html
「あなたもいっその事、この状況を楽しんでみては?」 断る。俺は気が狂おうとも冷静でいるべきキャラなんだよ。 「キョン君~!これどうやって止めるんですか~?ひえぇ~~~」 ハンドルを離さないと止まりませんよ。それがコーヒーカップというものでしょう。 「こんな古い・・・いえ、珍しいアトラクションは初めて体験するもので・・・とめてぇ~~~」 む・・・?あいつら・・・ハルヒに長門、何回目だよそのジェットコースター。 「キョン!このジェットコースターは素晴らしいわ。なんたって何度乗っても飽きないんだもの!」 あぁ、どうしてこうも俺からは日常がはるか彼方へ遠ざかっていくのか・・・やれやれ。 ここがどこかって?見りゃ分かる、遊園地だ。 遊園地でハメを外すのがそんなに恥ずかしいかって?そんな訳あるはずがないだろう。 俺だって、ここが普通の遊園地ならそりゃある程度箍(たが)を外して遊びまくるさ。 しかし残念なことにここの遊園地は“普通”などではない。 この遊園地は──ハルヒの夢の世界なのだ。 古泉が言うにはここ最近のハルヒの退屈度の進行が原因なんだとさ。 その退屈をどうにかするってのが課題じゃなかったのか。と聞けば 「えぇ、仰るとおりです。 ただ今まで退屈による不満で発生する閉鎖空間で判断してたんですが・・・ここ最近は全く発生していなかったんですよ。 言い訳に聞こえるかもしれませんが・・・その不満をこういった形で発散させるということは、何か涼宮さんに変化が起こりつつあるのかもしれません。」 不満が原因でたまたま見てしまったこの面白おかしい(俺には面白くもなんともないが)夢を現実にすりかえようとしている最中なのだと。 哀れ世界。俺が世界なら確実にビッグバン起こして怒りをぶつけてるところだ。 もちろんそのまま放っておくわけにはいかない。 が。もうすでに現実世界とほぼ融合しているために、ハルヒに向かって「これは夢だ!」なんて無理やり理解させてしまえば現実世界もろとも完全崩壊の恐れ。 もう今更なんだが・・・本当なんでもありだな、ハルヒ。 解決策はといえばハルヒに自力で夢だと気づいてもらうこと。 そんなこと超簡単だろう?と思うだろう? 考えても見てくれ。俺たちが夢を見ているとき、その状態で今起こっていることは夢なんだ!と気づけたことが何回あった? つまりはそういうことである。 それに、覚めた後にはありえない夢だったと気づけても、夢を見ている最中には可笑しいなんてこれっぽっちも思わないだろう? そう。だからこそハルヒは乗るたびにコースの変わるそのジェットコースターに一つも疑問を持っていない。 ちなみに朝になるまで待てば自然に起きるだろう、なんて解決策は真っ先に断たれたぜ? さっきも言ったが、もう現実とごっちゃになりかけ。現実の時間概念は今のハルヒには作用しない。(長門談) どうにかハルヒに自力で夢だと気づいてもらう必要がある。 運が悪ければこの世界はこの遊園地の敷地内だけになり、5人は一生をここで終えなければならなくなるのだ。 だからな、みんな。遊ぶのもいいがもう少し真剣に考えてくれないだろうか。 時間がかかればかかるほどこの世界の侵食は進み、元に戻れるかは困難になるって言ったのはお前だぞ、長門。 ・・・その長門はハルヒと33回目のジェットコースターを楽しんでいるが。 「いや~、参りましたね。」 あのな古泉。笑顔でゴーカートをさんざ楽しんできて「参った」なんて、普通の人間なら言わないぜ。 「フフ。でもこんな経験、多分二度とできないと思いますよ?」 無人のカートが勝負相手になってくれるゴーカートなんざ、二度も三度も楽しみたくはないね。 朝比奈さんは・・・今度はメリーゴーラウンドか。白馬にお姫様のように座る姿が美しい。 ハルヒ、どうせ創るならなら売店も組み込んで創ってほしかったぜ。ここにカメラが無いのが非常に惜しい。 まぁカメラが存在しようと現実世界には持ち帰れないだろうという答えに3秒で到達したので諦めるが。 しかしよく逃げないもんだな。あれ。 「メリーゴーラウンドって文献でしか見たこと無いんですけど、本物の馬なんて使ってるんですね~。私、びっくりしました~。」 ・・・どうしよう。本当のメリーゴーラウンドがどんなものなのか教えた方がよろしくないか? アトラクションは全自動。俺たち5人以外誰もいない。ついでに出口も存在しない。 もはや牢獄と言ったほうがいいだろう、これは。 なんて考えながらジェットコースターに目をやると、それはもう何回転すればゴールに着くのか分からないような渦の塊になっていた。 多分そろそろジェットコースターに飽きるだろう。 さぁて、どうやってハルヒに夢と気づいてもらうか。 古泉と2人、バイキング形式で従業員のいないレストランフロアに入り、栄養を取りつつ頭を働かせる。 無人ゴーカートを見ても、タイヤのついたコーヒーカップを見ても、実物仕様のメリーゴーラウンドを見ても、 変幻自在のコースを持つジェットコースターを見ても何も疑問に思わないんだぜ? どうすればいいんだよ。 「逆に考えればいいんですよ。この世界は涼宮さんの退屈による不満で創られた世界。 ならば楽しませればいいのですよ。」 誰が? 「勿論──あなたですよ。」 気が滅入る。ハルヒと2人で本物の殺人鬼が出てきそうなお化け屋敷に行ったり、 宇宙まで届いてそうなクレイジータワーに乗ったり、高速回転中の観覧車に乗らなければならんのか? その前にショック死すると思うぜ、俺。 「それもそうですね。あなたが死んでしまっては元も子もない。」 笑顔で物騒なことを言うな。 「失礼。ですが・・・少しばかり危機が迫っているのかもしれません。周りを見てください。」 いつのまにか夕日が差していることに気づく。 「説明していただこうか?」 笑顔のまま溜息をついた後、こんなことを喋りだす古泉。 「このまま夜になれば、恐らくあちらのホテルに泊まることとなるのでしょう。」 指差す方を見てみると、敷地の中央に聳え立つ豪華なホテルがそこにあった。 「夢の世界で眠りにつく。ということはです。」 普通の人間ならば寝て夢を見て、起きれば現実世界。だが・・・ 「次に目を覚ました時、完全にこの世界は固定されてしまうことでしょう。」 ・・・どうすればいい? 隣に置いてあったリーフレットの束からチケットを取り出す古泉。 「ふぅ、やはりありましたね。」 それは一体何なんだ。何故お前は既に知っているかのようにそれを手に取ったんだ? 「これはちょっとした賭けでしたよ。いえ、むしろ涼宮さんの賭けと思った方がよろしいかと。 今は僕が探し当てましたが、これは僕がいなくても必ずあなたの元に現れたはずです。」 さぁ、とそれ以上何も言わずチケットを俺の手に押し込む古泉。 ───── ────────── ─────────────── やれやれ。ようやく現実世界に戻ってこれたわけだが。 ああいった面白おかしな世界もまぁ全く楽しくなかったと言えば嘘になるが・・・ あれから数日。今日は何度目になるのか忘れたがいまだ皆勤賞のSOS団不思議探索の日だ。 あれから結局どうなったかって?古泉も聞いてきたが特に何もないのだ。 あの後、手にしたチケットを見てみるとそこにはディナー招待券と書かれていた。 ハルヒと食事をしてご機嫌を取れってことか。しかしどうやって誘うべきか・・・ とベンチに座って考えていたら不意に後ろに現れたハルヒに奪い取られてしまったのだ。 一部始終を語るとすれば・・・次の通りだ。 「何のチケットと睨めっこしてるのよ。一人で楽しもうなんて、そうはいかないんだから! なになに・・・?・・・ディナー券?」 あぁ、一緒にどうかと思ったんだが。 「ふーん・・・まぁ、行ってあげてもいいわよ?このままじゃ券も勿体無いしね。 でも、他の3人はどうするの?食事。」 夢の中では少しは気を回せる性格なんだな、お前。・・・それはともかく。 「古泉たちなら別のチケットで他のレストランで食事中だ、今頃は。」 こんな誤魔化しかたでバレやしないかとは思ったが、流石夢世界ハルヒ。些細なことは疑問にはならない頭のようだ。 ・・・もしかしたら分かっているもののあえて気づかないフリをしてるのかもしれんが。 着いたレストランはそれは豪華なレストランだった。 やはり人は誰もいなかったが。 チケットに書かれていた席には既に料理が並べられている。 「演出かしら?斬新だわ。」 と一人納得してしまうハルヒ。 今さっき出来たばかりの料理のようで、全く冷めていないようだ。 さぁ料理を食べようとさっさと席に着くハルヒと俺。 何故そんなことを言ってしまったのか?と自問すれば、このままでは何も進展しないぞと思ったんだろうな、俺は。 ハルヒに現実に戻ってもらうために、こんなことを口にしてしまったのだ。 「なぁ、ハルヒ。今日だけじゃなく、いつかまた2人で遊びに来たいな。 最近出来た海辺のテーマパークとか結構評判いいらしいぜ?・・・どうだろうか?」 次の瞬間、俺はまたもベッドの中にいた。 夢だったのかといえば確かに夢だった。 時間は・・・明日にはなっていなかった。紛れも無く今日の明朝であり、登校前のバタバタしなくてはならない時間までまだ3時間程余裕がある。 携帯を確認してみると3件、すなわち、古泉、長門、朝比奈さんから1件ずつ着信が入っていた。 おかしな事を言っていると自覚するが、その着信によってあれが夢だったと確信できたのだ。 「まぁ、何があったのかは知りませんが、とにかくあなたには感謝しっぱなしです。今回もありがとうございました。」 よせよ。俺はただハルヒと飯を食っただけだ。・・・いや、食うことは出来なかったが。 あぁ、しまったな・・・あの料理食べてからにすりゃ良かったな。勿体無いことをしたもんだ。 「ところで今日の活動は涼宮さんから聞いていますか?」 いいや?どうせ今日もいつもの通り、なんのプランも無いまま街をうろつくだけだろう? 「そうでしたか。いえ、それなら涼宮さんから直接聞いたほうが良さそうです。丁度・・・ほら、やってきましたよ。」 何のことだろうか。相変わらずハルヒはこの団員1号の俺には連絡をよこさないことが多い。 「あら、珍しいわねキョン。今日も遅刻してくるのかと思ったのに。」 ここ5連続で俺の奢りだったからな。たまには早く来ておいて誰かに奢ってもらうのがいいだろう。 ・・・それよりも。 「今日は何をするんだ?俺以外全員知っているようだが何も聞いていないぞ、俺は。」 「あれ?言ってなかったかしら。手頃な場所にいるからまた伝えるの忘れちゃってたわ。まぁ、たまにはこんなこともあるでしょう。」 いや、いっつもだろう。 「そんなことよりこれよ!ほら、みんな1枚ずつ取って取って!」 なになに・・・?シーサイドテーマパーク・・・? 遊園地のチケット・・・か。なるほどね。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5838.html
涼宮ハルヒの三つ巴 人間、生きていく上で決して逃げてはならないことというものが存在する。 ましてや、それが本人にとって是が非でも避けて通れないとなれば、時として勇気をもって言わなければならないこともあるのだ。 周りにどんな視線があろうともそれによって躊躇してはならない。 そう、俺は今まさにそんな心境で自分の中の勇気をすべて振り絞る瞬間に立ち会わなければならなかった。 なぜならば―― 「ハルヒ、今度の日曜日、ちょっと付き合ってくれないか?」 俺のこの一言は、古泉から爽やかな笑みを奪い、朝比奈さんからはお茶を淹れている最中だということを忘れさせ、普段、よほどのことがない限り、視線をハードカバーから外すことのない長門までもが俺を見上げたのである。 いや、俺自身で分かっている。 俺がこんなことをハルヒに言うなんてのはいったいどれだけの異常事態なのかを。 それに比べれば、閉鎖空間の中にダース単位で《神人》たちが新世界創造の為の破壊活動を行っていたとしても、「あー今日も巨人たちが頑張ってるなぁー」とのどかな声をかけながらのんびり眺めていたところで誰も文句を言うまい。 「どういうつもり?」 しばしの時間停止があってハルヒがどこか戸惑いと胡乱を足したような瞳で俺を見つめて問いかけてきた。 「そのまんまの意味だ。何も言わずに付き合ってくれるとありがたいんだが」 「どうして理由が言えないのよ。まさかいかがわしい場所に連れて行くつもりじゃないでしょうね?」 断じて違う。ただ、その場所に行くためには男女ペアでなければならんからだ。 別段、恋人同士である必要はないがな。 「ふうん。なら、あたしじゃなくて有希かみくるちゃんでもいいんじゃない?」 「つまり、お前は断るということか?」 「そうね。あたしはパスするわ。まあ、あんたがその日に予定入れたなら、今回の不思議発見パトロールは土曜日にしてあげる。 団長のあたしなりの心遣い、感謝しなさいよ」 むろんだ。今度の日曜日を空けてもらえるなら、今回の不思議発見パトロールの際の奢りは俺が一番早く来ようとも仰せつかってやるさ。 「何言ってんの。毎回、あんたが一番遅れてくるんだから、そんな約束しなくたって、どうせ、あんたの奢りになるわよ」 実のところ、「……こ、恋人同士って言うなら考えてもよかったんだけど……」という呟きが聞こえたのだが、それは聞かなかったことにしておこう。ヘタにツッコミを入れるとなんとなく嫌な予感がする。 「そうかい」 そう言って俺はハルヒとの会話を打ち切り、長門にしようか朝比奈さんにしようか考えた。 なんたってハルヒ公認で二人で出掛けられるのだ。変な罰ゲームを喰らわされることもあるまい。 で、俺は今回ばかりは長門に視線を向けた。 朝比奈さんの苦笑を横目に捉えてしまったが、すみません。今度、何かあったときは朝比奈さんを誘わせていただきます。 なんせ、長門には俺は返しきれないくらいの借りばかり作ってしまっているんだ。 こんな時でなければ恩返しができんからな。 つってもまあ、長門にとってこれが楽しめるかどうか分からんのだが…… 「なあ長門、今の話の通りで今度の日曜日に……」 「了解した」 早っ! 「ええっと……本当にいいんだな……?」 「わたしも楽しみ」 長門の無表情だが、どこか今にも微笑みそうな顔の動きを俺は見逃さなかった。 「あらぁ~~~良かったわねキョぉン……有希とデートできるなんてぇ~~~有希もまんざらじゃなそうだしぃ~~~」 団長席から俺の背中に、とっても鋭い棘生えまくりの言葉が浴びせられました。 あまりに怖くて振り向くことはできないのだが、おそらくハルヒは半月ジト目で不気味な半笑いを浮かべていることだろう。 って、おい。お前はさっき、俺の誘いを断ったんだぜ。だったら、んな嫌味をかまさんでくれよ。 「心配いらない。彼もわたしも楽しみにしているのは別のこと」 おおっと長門、今回はフォローしてくれるのか!? 珍しく長門がハルヒに意見するのを聞いてそう思わずにはいられない俺。 なんたって、去年の年末の中河のときのやつは当事者であるにも関わらずまったくのノータッチを貫き通したんだからな。 「ときに長門さん、いったい彼はどこに出かけるおつもりなので?」 微笑を浮かべた古泉が割って入ってくる。 理由はなんとなく想像できるな。 古泉の役割、ハルヒのご機嫌どりのためには俺たちがどこに出かけるのかを今、ここで知っておきたいところだろうから。 まあ相手も決まったんだ。俺も隠し立てする必要もあるまい。 長門が淡々と、しかしどこか妙に楽しげな音階が含まれているような気がした声を発した。 ま、長門のことだ。俺が何に誘おうとしたのかを知ったとしても不思議はないしな。 などと軽く思った俺だったのだが、どうやらその考え方は相当甘かったらしい。 「平野綾、茅原実里、後藤邑子の音楽ユニット・AMIYUのコンサート」 瞬間、部室が白黒反転したかのような衝撃が走ったのであった。 「ちょっとキョン! なんでそんな大事なことを先に言わないのよ! てことはあんた、あの抽選に当たったの!?」 イの一番に声を張り上げたのは実は俺の予想外の人物・涼宮ハルヒだった。 「あの抽選ってことは……ハルヒ、お前も応募したって訳だな」 「当然でしょ! 確かにあたしは前にあんたに話した通り、人と違うことを求めるタイプだけどAMIYUだけは話は別よ! 周りが吸い込まれそうになるくらいの存在感を放っていることはあたしも認めるわ!」 そ、そうなのか? つーことはだ。これは参ったな。俺はてっきり、流行を嫌うハルヒなだけに理由を言うと問答無用で断られると思ったし、かと言って後々、ハルヒのいないところで長門か朝比奈さんを誘い二人で出かけて、それがバレた時のことを考慮した結果、まずハルヒに声をかけることにしたわけなのだが―― 「AMIYUのコンサートならあたしが一緒に行ってあげるわ! いいでしょキョン!」 いやあのな…… 俺があきれた声をかけようとする前に、まったく予想だにしなかった声を聞いた。 「拒否する」 って、長門!? 「あたしも行きたいな」 朝比奈さんまで!? 「ときにそのコンサートは絶対に男女ペアでないと入れないものなのでしょうか?」 古泉、お前もか!? 俺は今、異様な光景を目の当たりにしている。 ハルヒはもちろん、巷の流行なんぞとは誰よりも縁遠いはずの宇宙人、未来人、超能力者の面々が勢い込んで俺に迫ってくるのである。 いったいこれはどういう冗談なんだ? 全員、あのコンサートチケットの抽選に応募していたのか? などと心の中で四人に質問してみたのだが、むろん、声には出せなかった。 詰め寄られてしばし沈黙。四人とも俺の次の句を待っている。 そろそろ誰かが「なんてね」と切り出して、この空気を霧散させてくれるとひじょーにありがたいのだが、どうやらその雰囲気がまったくない。 仕方なく俺は恐る恐る口を開いた。 「すまん古泉。お前も応募したなら知っていると思うが、男女供に絶大な人気を誇るAMIYUのコンサートは男女常に同数で見に行かなければならないんだ」 「そうですか……」 古泉が珍しく落胆のため息を漏らし、いつもの、俺とボードゲームをする際の俺の対面の場所へとすごすご引き下がる。 「てことは、後はあたしたち三人の内の誰かってことね」 「みたいですね」 「そう」 一度、ハルヒ、朝比奈さん、長門が目を合わせて火花を散らす。 「で、キョンは誰と行きたいの?」 「む、無茶言うな! これじゃ俺が誰を選んでも後々、酷い目に合いそうな気がするぞ! ハルヒたちで決めてくれ! とてもじゃないが俺には決められん! 今回ばかりは文字どおり、相手は女子であれば誰でもいいんだからな!」 どこか殺気さえ漂わせたSOS団三人娘の迫力満点の詰め寄りに思わず俺は情けない声をあげていた。 「ふむ。それもそうね。じゃあ、あたしたちで決めるわよ。いいわね?」 「あ、ああ……頼むから穏便に決めてくれよ……」 俺は嘆息して古泉の対面へと引き返し、しかし少し思い当たることがあったんで、 「なあ古泉。どうしてハルヒが抽選から外れたんだ?」 「え……? 何か言いました……?」 こ、こいつは……いつまで淀んでやがる! 仕方がないのでももう一度、同じセリフを繰り返す俺。団長席の付近ではハルヒたちが話し合いをしている。 もっとも、ここから見ても分かるが三人とも周りの音など聞こえていない。 おそらく、今、戦闘機が強烈な爆音を立てて上空を飛び去っていこうが気にしないのではなかろうか。 「キョンは先にあたしを誘ったのよ。団長として団員の陳情は聞くべきだわ」 「しかしあなたは断った。わたしは了承した。わたしが行くべき」 「いいえ。キョンくんはあたしを誘うと後々、どんな目に合うか分からないのであたしのために、あたしに声をかけなかったんです」 引かない朝比奈さんってのは初めて見たな…… というか、普段、あれだけ無感動無表情の長門までを虜にするAMIYUを褒めるべきか。 「で、どういう理由でハルヒは当たらなかったんだ?」 たぶん、今なら俺と古泉が、普段なら絶対にハルヒの耳に入れるわけにはいかない会話をしていたとしても問題はないだろう。 「ああ……それはおそらく涼宮さんの中の矛盾がそうさせたのではないかと……」 思いっきり落胆した声を漏らす古泉だが、とりあえず暗い声色は無視することにして。 あっそうか。そういうことか。 ハルヒには確かに世界を自分の都合よく変革する力があるわけだが、それを自覚していない。 また、ハルヒは世界に不思議が起こってほしいと思う反面、起こるはずがないという思いも持っている。 つまり、もし今回、ハルヒが一心に自分も当たるよう念じたならば抽選に漏れることはなかったかもしれないが、心のどこかで応募総数を想像した時に『当たらない可能性の方が高い』と思ってしまったのではないかと想像する。こうなるとハルヒの力が発動することはない。 ちなみに俺が当たった理由は正に偶然だ。 まあもっとも俺はそこまでクジ運は悪いと思っていないがな。 なぜかって? 決まっている。 いったい、この世のどこにカミサマもどき、宇宙人、未来人、超能力者といった摩訶不思議な存在が一同に顔を合わせているような空間で一緒にいられる奴がいると思う? それこそ、このコンサートのクジが当たるよりもはるかに低い確率だぞ。そんな低確率をくぐり抜ける俺だし、ましてや幸運なことが舞い降りることの方が少ないんだからたまにいことがあったっていいだろう。 まあ宝くじとか言った金銭にまつわるクジ運には恵まれないがな。くそ。 「団長命令よ」 「こればっかりはいくら涼宮さんでも譲れません」 「わたしが誘われた」 三人娘の話し合いはまだ終わりそうにない。 仕方がないので古泉にもう一度振ってみる。 俺としては軽い気持ちで単なる話題作りのつもりでしかなかったのだが。 「なあ、お前の機関とやらで、もう2枚ほど手配できないものか?」 俺の言葉を聞くなり、古泉がハッとした顔を上げた。 「そうですね。聞いてみます!」 言って、即座に部室を飛び出す古泉。 ああ……っと、提案してしまったのは俺だが、なんだかちとまずい気がしたぞ。 完全な職権乱用だよな……というかはたしてハルヒを観察するための機関とやらがAMIYUの為に動くのだろうか。 古泉が出てしばらくしてから、 「じゃあ恨みっこなし! クジで決めましょう!」 ハルヒの高らかな宣言が聞こえてきた。 ふと振り返れば、いったいどこから調達したのか、いつものパトロール班分け用爪楊枝をハルヒが握っていた。 もちろん今回は三本で一本に赤い目印が付いているのだろう。 「当たった人がコンサートよ」 「分かりました」 「了承した」 三人とも実に真剣な瞳で頷いている。まあ取っ組み合いのケンカされるくらいならこの方が健全だ。 それにしても、いったい誰に当たるのだろう。 よくよく考えてみれば、である。 本命は世界を都合よく改変できる能力を持つハルヒか。 今回は応募総数と比べるなら確率はわずか三分の一である。当たらないかも、などとは考えまい。むしろ何が何でも当ててやる、と思っているはずだ。 しかし相手は二人とも対抗馬であって、ダークホース、穴、大穴などではない。 なぜなら情報操作がお手の物で俺も何度かその力の世話になっている長門と、その気になれば未来に連絡を取って爪楊枝のどれに印が付いているかを知ることができる朝比奈さんなのだから。 長門と朝比奈さんの様子を見ていると、おそらく今回ばかりは不正だろうが禁則事項だろうがぶっちぎって反則してくるであろうことは容易に予想できるってもんだ。 現実、朝比奈さんは今、瞳を伏せて胸に手を合わせて何かを念じている。 どうもその姿が俺には未来と連絡を取っているような気がしてならない。 それにコンサートに俺と一緒に行く程度のことが世界を揺るがすほどの過去干渉とは思えんしな。 正直言って、誰に当たるのか想像もできんぜ。 「せーので全員一緒に引くこと。いいわね? せーのっ!」 ハルヒの掛け声と同時に三人とも手を伸ばす。 もっともハルヒは右手に爪楊枝を持っているので左手を伸ばすのだが―― って、おい!? …… …… …… そうかそうか。よく考えたらそうなるよな。どれが当たりくじかは(ハルヒは無自覚だが)三人とも分かっているんだ。三人とも同じ爪楊枝を摘むわな。 あーこれはもうどうしようもないぞ。たぶん、三人とも譲るつもりはないだろうし。 が、ハルヒが実に建設的なことを言ってきた。 「あたしが先に掴んだと思うけど?」 「う……」「……」 朝比奈さんがうめき声をあげて、長門が三点リーダ沈黙。 確かに俺の目から見ても一番先に掴んだのはハルヒだった。 しかもハルヒは長門や朝比奈さんと違ってそれが当たりだということを知らないで掴んだのである。 先に掴んだものに優先権があるのは仕方がないし、長門と朝比奈さんは答えが分かっていた以上、諦めるしかない。 ううむ。やっぱズルは良くないということなのだろうか? ただ、ハルヒの能力を考えるならそれが一番のズルのような気もするのだが、ハルヒが知らない以上、長門と朝比奈さんにはそれがイカサマだと突き付けられる証拠がない。 かくして。 AMIYUコンサートにおける俺のもう一人の相手は涼宮ハルヒとなったのである。 と、この時は思っていたのだが。 当日、日曜日。 光陽園駅北口、SOS団御用達の場所にはSOS団全員が集合していた。 もう説明の必要はないよな。 そう。古泉の機関の手回しがあと二枚のチケットをゲットしてきたのである。いったいどうやったのかを知りたくて古泉に訊いてみたが、とんでもない答えが返ってきた。 「チケットを手に入れないと涼宮さんが暴走するかもしれません、と言っただけですよ。嘘は付いていません。もし涼宮さんが当たりくじを引かなければそうなっていた可能性は否定できないのですから」 いやまあ……なんつうか…… 「ご心配なく。ちゃんと譲ってくださった方々にはそれ相応の謝礼を差し上げております。そうですね、おそらく十年は遊んで暮らせるほどの資金を提供させていただいて――」 「もういい」 俺は古泉の話をばっさり切り捨てた。これ以上は絶対に聞かん方がいいだろう。 つか、お前、性格変わってないか? あっそうそう。実は今回、もう一人、特別ゲストが招待されている。 チケット三枚に対して、男女ペアは三組いるのである。 俺はクジで決まっていたハルヒ、古泉は朝比奈さん、で、もう一組は長門と、という訳だが誰だか分かるかい? もし国木田か谷口と思ったなら違うぜ。あの二人はセット扱いだ。さらに一人余る事態を招くだけだからな。 では誰か。 答えはお隣さん。コンピ研の部長さんだ。もちろん、彼もAMIYUのコンサートと聞いて二つ返事でOKしたさ。 ちなみに、なぜ彼なのかというとだな。国木田や谷口以上に部長さんは長門と面識があるからなんだ。 なんせ長門はコンピ研の特別部員だからな。 ましてやこの部長さんには、我らがSOS団団長殿が相当お世話になっている。パソコンのことは勿論、機関誌発行にも力を貸してもらった。 ただ、彼は朝比奈さんに狼藉を働いた(働かさせられたとも言う)身であり、お互い気まずい思いを抱くであろう二人でペアを組ませる訳にもいかず、結果、長門が部長さんとペアを組むことになったんだ。 まあもっとも。 古泉、朝比奈さん、長門、部長さんの席は横並びではあったが、チケット入手方法が違う俺とハルヒはこの四人からはちょっと離れていた。 盛り上がるコンサートの内容の描写は省かせてもらう。 というか、俺も夢中になっていたんで周りに何が起こっていたかなんてさっぱり覚えていないんだ。もちろん、俺だけじゃない。ハルヒも大音量で声援を送っていたさ。 もっともそんなハルヒの声も心地よかったくらいだ。 で、コンサートのラストで、だな。 「それでは今回のペアはこの二人にします!」 って、はい!? 壇上からリーダーの平野綾さんが俺とハルヒの座席番号を叫んだのである。 周りからは落胆の声と歓声が沸き起こる。 AMIYUのコンサートではラストに来場したファンの中から一組選ばれて、数多くの課題が書かれた何万通の封筒の中から一つ課題を選び、それをAMIYUと供に実行するというイベントがある。 もっともこれはコンサートの名物であって、これがなかなか大受けしているものなのだ。 「ね、ねえキョン……これって……」 「いやまあ……これに当たるとはさすがに思ってなかったんだが……」 俺とハルヒは互いに戸惑いながらそんな会話を交わしている。 ただ、その課題にはかなり突拍子もないことも含まれている場合もあるのだが…… 確かあまりに突拍子のないことであれば拒否権を発動して課題チェンジが可能だったよな……? そんないまだに戸惑いの表情を隠せない俺たちの両脇に茅原実里さんと後藤邑子さんがにこやかな笑顔を浮かべながら俺たちをエスコートし始めた。 もうなし崩しに従うしかない。 いったいどんな課題が待っているのだろうか。 不安と期待が渦巻く中、俺たちはAMIYUに囲まれる。 俺たちが並んで立ったところで平野綾さんが俺たちをフルネームで紹介してくれた。 ううむ。本名で呼ばれたのは実に久し振りな気がするぞ。 「では封筒を一通選んでください」 後藤邑子さんが朝比奈さんを彷彿とさせる笑顔で甘く甲高い声をあげる。 と、同時にスタッフが数多の封筒が収められた透明のボックスを俺たちの前に置いた。 「ハルヒ、お前が引いてくれ」 「分かったわ」 言ってハルヒが上部の穴から腕を突っ込み、ガサガサさせることしばし、 そして一通の封筒が、今度は茅原実里さんに手渡される。 その中身は―― 「――という平野綾さん主演の物語の一番のベストシーンを演じること」 って、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 長門張りに淡々と読み上げた茅原実里さんの言葉に俺は心の中で絶叫した。 誰がこの封筒を投函したかは知らんがとんでもない課題を突き付けてくれたのものである。確かにアレは名シーンであることは認めるがここで素人にやれと言うのか!? しかも、そのシーンつったら…… あー隣でハルヒも力いっぱい困った顔をしているぞ。 ま、まあ……嫌がってはいないようだが…… 「あの……本気ですか……?」 気がつけば、俺は観客を盛り上げている平野綾さんに戸惑いの声をかけていた。 「何か問題でも?」 「いや……大問題だと思うんですが……」 「そうかしら? そっちの彼女はまんざらでもない顔しているし大丈夫なんじゃない?」 「ええっと……」 「それに」 平野綾さんの笑顔の明るさがさらに増した気がする。つか、まるで会心の悪企みを思い付いた時の300ワット増しのハルヒの笑顔とダブるぞ。気のせいか? 「今、キミはそっちの彼女のことを下の名前で呼んだわよね? だったらこの課題くらい日常茶飯事の仲なんじゃないの?」 と同時に巻き起こる指笛と口笛の嵐。 待て待て待て。俺とハルヒはまだ……って訳でもないが高校生なんだ。んなこと公衆の面前でやれるほどの度胸を持ち合わせてなどいないぞ。 という俺のツッコミを平野綾さんは聞くことなく再び観客を盛り上げていたのである。 この時点で俺の拒否権発動の権利は完全に失われてしまったようだ。 と、同時に俺とハルヒは控室へと連れて行かれた。 さて、課題に書かれていたシーンがどんなシーンだったのかというと―― 俺たちは着替えもすまされて壇上に再び進まされた。 もう逃げ出すことはできないが、できれば逃げ出したいところである。 マジか? マジでやらなきゃならんのか? 「諦めましょキョン。仕方ないじゃない」 「お前はいいのか?」 「んまあ少しは躊躇う気持ちもあるけど割り切るしかないわね」 「割り切りって……んな簡単に……」 「何言ってんの。いいこと」 言って、俺の耳を引きちぎらんばかりに自分の口元へと引き寄せるハルヒ。 「あたしはあんたが相手じゃなかったら断ってた」 少し頬を染めたハルヒの、俺以外に誰も聞こえないような小声の一言が俺に思い切りを持たせてくれたのは言うまでもない。 平野綾さんが声を張り上げる。 「それではセリフはあたしが男の子役を、邑子ちゃんが女の子役をやります! 二人はそれに合わせて演技してくださいね!」 やれやれ。分かったよ。分かりました。 やってやろうじゃないか。もうやけくそだ。 諦観のため息をひとつついて俺はハルヒに向き直る。 ハルヒも俺を上目づかいに見つめた。 そしてハルヒの肩に俺は手を置き、平野綾さんと後藤邑子さんが台本を読みはじめたのである。 とっても豊かに情緒あふれるこのシーンにぴったりな声で。 『なによ……』 『俺、実はポニーテール萌えなんだ』 『なに?』 『いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたぞ――』 ……たぶん、これがハルヒがAMIYUに共感した一番の理由だな。 そう、俺たちが演じることになったシチュエーションは何故か、去年の五月のあの日、前振りや経過はさておき。この部分だけは俺とハルヒが演技ではなくやったこととまったく同じだったのである。 しみじみと思う――偶然だと信じたい、と―― この涼宮ハルヒの憂鬱SSはフィクションであり、 実在する人物、団体、事柄、その他の固有名詞などとは何の関係もありません。 嘘っぱちです。 一部勝手に作ったものもありますが、どこか似ていたとしてもそれはたまたま偶然です。 他人の空似です。以上。
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/17.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 「で、最初は誰から接触すればいいわけ?」 ハルヒは机の上に座ったまま、俺に言う。 さて、誰からにしたものか。本来であれば、俺の世界と全く同じようにしたいところだが、このハルヒはそれを却下したし、 そもそもこいつが力を自覚している時点で、どうやってもおなじようにはならんおかげで、正直それで大丈夫なのかという 不安があるのも事実だ。 だが、ここでふと思いつく。 とにかく、3人に接触して平穏かつ良好な関係が築けると証明してやればいい。それだけなら、何も3人同時に 一緒である必要はないはずだ。その後、ハルヒに納得させた上でもう一度最初から――今度は3人同時に接触して、 SOS団を結成すればいい。 そう考えると、まず一番接触しやすい奴から選ぶべきだな。宇宙人は、あのハルヒの情報統合思念体に対する警戒心から考えて、 一番最後にすべきだろう。未来人ははっきり言って知らないことも多いことを考えると、予定外な事態に陥る恐れもある。 こうなると最初は超能力者――古泉か。機関はまだうさんくさいところも多いし、わからない点も多いが、 同じ時代の人間という点、さらに超能力はハルヒが作り出した閉鎖空間内だけという限定的なものだ。 普通に接触する限り大した弊害が発生するとも思えない。 ……1番手があのインチキスマイル野郎なのは少々引っかかるが。 「超能力者……ねえ」 ハルヒはジト目で俺を見ていた。とは言っても、何もやっていないわけではなく俺の指示通りに時間平面を構築中なんだそうだ。 全く長門並のことをやれるハルヒって言うのも妙な気分だぜ。 「で、具体的に必要なものはあるわけ?」 「閉鎖空間とその中で暴れる神人を倒せる力をそこらへんの人間にばらまけばいい」 「閉鎖空間と神人って?」 ハルヒはそう首をかしげた。そういや、ハルヒはそのことは知らないのか? 「お前さんがキレると、別の誰も入って来れない――今俺たちがいるところみたいな空間を作り出して、 そこの中ででっかい巨人を暴れさせている」 「あー、あれのこと」 思い当たる節があると、ポンと手を叩くハルヒ。 「なんだ知っているのか?」 「うん、たまに頭に血が上ったときとかストレス解消代わりに暴れさせているの。無人だから誰の気兼ねもなく暴れられるし、 結構スカッとするものよ」 「お前な……」 あっけらかんと言うハルヒに、俺はただただ呆れるばかりだ。 「俺の世界だと、お前は無自覚にそれを作っているから、誰かが止めてやらなきゃならん。そんなわけで、 その役割を与えられた超能力者がいるって訳だ」 「ふーん、あんまり関係のない人間を巻き込むのは気が進まないけど、まあ仕方ないか」 そう言ってハルヒは目を閉じて、何やらつぶやき始めた。恐らく情報操作って奴だろう。 こんな一美少女高校生にゲーム感覚に作り替えられる世界ってのもいろいろな意味で問題があると提言しておきたいね。 そんなわけでSOS団団長改め創造神ハルヒ様の作業完了後、俺たちもその時間平面――世界に入ることにする。 時間は俺とハルヒが北高に入学したときからだ。もちろん、二人とも北高に入学する設定にした上でだ。 ちなみに俺は全く別のボンクラ高校に入学する予定だったので、それをいろいろ改変して北高に入学させるのに苦労したと ハルヒに散々愚痴られたけどな。 ◇◇◇◇ 「東中出身、涼宮ハルヒ! この中に超能力者がいたら今すぐ来なさい! 以上!」 俺の背後で威勢のいい声が響く。もちろん入学式、最初の授業での自己紹介だ。 俺の自己紹介の後、ハルヒは事前の打ち合わせ通りの言葉で自らをアピールした。宇宙人と未来人は前に述べたとおり、 余り手を広げるのは得策ではないということで上げていない。ああ、ちなみに異世界人はもともと言う予定はないぞ。 なんせ、今の俺が異世界人だからな。もうここにいるってこった。 周りの人間は苦笑・あるいは戸惑いの視線を一斉にハルヒに向けるが、ほどなくして担任の岡部の空気の流れを断ち切る 咳き込みとともに、自己紹介は続行された。 俺はハルヒをちらりと見ると、厳しい視線のままじっと黒板の方を見つめていた。そういや、初めてあったときは ロングヘアーだったっけ。このハルヒは俺の世界のハルヒと違ってどんな理由でこの髪型にしたんだろうな。 しかし、俺はすぐに別の視線を感じてそちらへと振り返った。そこには―― 「……ちっ」 思わず舌打ちしたくなるような女が一人。朝倉涼子だ。二度も俺の殺害を試みた猟奇殺人鬼である。 柔らかで人当たりの良い笑みをこっちに向けてくるが、俺はできるだけ視線を合わせないように軽くうなずく程度の挨拶を 返しておき、全く別の方向に顔を背けた。 俺とハルヒの正体――実態と言った方がいいか――をこいつに知られるわけにいかない。なおかつ、こいつから命を狙われる心配 までしなきゃならん。ある意味、最大の要注意人物だ。 ◇◇◇◇ 俺とハルヒは昼休みこっそりと非常階段へ移動して、状況確認を始める。 「で、あんな感じで良かったわけ? クラス中の空気が固まっていたけど」 「本来なら、あれに宇宙人・未来人・異世界人がプラスされていたんだ。それにくらべりゃ、ショックも少ないだろうよ。 それにハルヒが超能力者に興味津々であることも十分に示せたわけだしな」 そんな話をしながら、俺は校庭や周辺の民家を見渡す。ハルヒの言うとおり、どこに情報統合思念体の手先が いるかわからんおかげで警戒しっぱなしだぜ。万一、この話を聞かれれば一瞬にして全てがパアになっちまうからな。 「安心して。監視はうまい具合にあたしがごまかしているから。で、あんたのいう古泉一樹ってのはいつ現れるのよ。 休み時間の間に学校中廻って見たけど、該当するような人物はいなかったけど」 「その前に機関の方はばっちり組織化されているんだろうな? それがいないと古泉も現れなくなる」 「それは問題ないわ。過去3年間のあたしの周辺を活動している連中に、インターフェース以外にもう一つの組織が 増えていたから。見たところ、普通の人間だから恐らくあんたの言っている機関っていう連中でしょ。 しっかし、こいつらインターフェース以上にしつこいわね。3年間まるでストーカーのようにあたしを監視続けている。 今だって遠近距離からこっちをじっと見ているし、クラス内にもエージェントらしき人間もいるわ」 なるほどな。なら状況は似通っているわけだ。となると、古泉はのちに転校してくることになるはず。いや待てよ…… 「古泉が転校してきた理由に、長門と朝比奈さん――ああ、宇宙人インターフェースと未来人がお前に接触してきたことが 理由に挙げられていたっけ。それで転校を迫られたとか」 俺はふと思いつき、 「なあ、今ならまだ俺のいうSOS団を作るのはまだ遅くないんだがやってみる気はないか? お前が文芸部室を乗っ取れば、 そこに長門有希がいるし、2年に行けばきっと朝比奈さんだって――」 「しつこいわよ。さっきも言ったとおり、あたしは全員まとめて接触なんていう危険なことはしたくないの。 それにあんたの所の世界がのほほんと進んでいるからといって、成功例として見ている訳じゃない」 むすっと否定しやがるハルヒ。全くこのハルヒも変わらず頑固者だよ。 しかし、このままでは古泉は北高に転校してくるのか? あの時の話しぶりだと予定を繰り上げてまで来たとか言っていたが。 俺はしばらく考えてみたものの、未来の事なんて予知できるわけもないので、 「とりあえずタネは蒔き終えているんだ。後は芽が育つのを待とうぜ」 「全く脳天気な考え方ばかりだわ。ま、確かにこっちも動きようがないから待つしかできないけどさ」 素直にハイと言えんのか、こいつは。まあいい。古泉に対してはしばらく様子見でいくとしよう。 俺はその他の話に移る。 「情報統合思念体の方はどうなんだ? 何か動きを見せているのかよ?」 「今のところは見ているだけね。わざわざインターフェースを同じクラスに送り込んできているけど、 目立って何かをしようとはしていないわ。連中のことだからどんなことが起点になって考えを変えるかわかったもんじゃないけど」 「クラス内ってのは朝倉のことか」 ハルヒは俺の問いかけに、ちらりと視線を外し、 「そうよ。あいつ今まで何度もあたしを襲ってきた目を離せない要注意人物なんだから。何だか知らないけど、 あたしが能力を自覚している・していない関係なく攻撃してくるみたいね。鬱陶しいったらありゃしない」 「あいつは情報統合思念体の中でも過激派に属しているらしいからな。ハルヒを突っついて、何の蛇が出てくるのかみたいんだと」 俺は朝倉の事について、あっさりと教えてしまった。このハルヒになら別に隠す理由はないからな。多くの情報を渡して 共有しておいた方が何かと動きが取りやすくなるだろうし。 その情報にハルヒは思案顔で、 「なるほどね。あいつらも一枚岩じゃないってことか。そうなると、朝倉は一部勢力の意思で動くけど、その動きに過剰反応して、 あたしのことがばれたら今度は情報統合思念体全体が……ああっ、もうややこしいわねっ! もっとわかりやすく動きなさいよ!」 俺に言われて困る。だが、ハルヒのいらだちももっともだ。これではろくに反撃もできない。 しかし、そんなときのための長門のはずである。 「俺の世界じゃ、朝倉は長門――六組の生徒だが、それのバックアップってことだった。朝倉の一方的な行動はできるだけ 奴らの内部で処理させる動きを取った方がいいと思うぞ。こっちから反撃もろくにできないしな」 「わかっているわよ。とにかく、その古泉一樹って奴が来るのを待っていればいい訳ね」 そうハルヒは言いながら教室に戻った。 俺はそれを確認すると、独自の行動を開始する。どうしても確認しておきたいことがあったからだ。 まず向かったのが、一年六組――長門有希の確認だ。さっき朝倉の対処は長門に任せればいいと言ったが、 肝心の長門がいなければ話にならない。 おれは教室の入り口から覗いてみると、ハルヒ以上に誰も寄せ付けないオーラを拡散させて、教室の一席でもくもくと 本を読みふけっている長門の姿が確認できる。 ほっ。これでさっき言ったことに問題はなくなるな。頼むぜ、長門。朝倉が襲ってきたら助けてくれよ。 後もう一人。長門は情報統合思念体なんだからいる可能性は十分にあったが、問題は朝比奈さんの方である。 この世界にも未来人はいるのだろうか? 俺は朝比奈さんのいる二年二組へ向かい、教室内を見渡す。見知らぬ下級生が覗いていることに、一瞬注目を浴びてしまうが、 その視線を強引に無視していると程なくそれは収まる。その間に、俺は朝比奈さんの姿を確認したが―― いなかった。鶴屋さんは別の女子生徒の環に入ってけたけたとあの豪快な笑いを見せているが、朝比奈さんはいない。 なぜだ? やはりハルヒの介入がなければ未来人は存在しないことになるのだろうか? だがこれで一つ決定してしまったことがある。 この世界――今の状況でSOS団の成立はなくなった。 事情を知らん人間が隣で聞いていたらこう言うかも知れない。似たような人を探して来いよ、ハルヒならすぐ見つけてくるさと。 だが、俺にとってSOS団はもう誰一人の変更も許さない。朝比奈さんでなければならないのだ。 俺は激しい脱力感に身を引きずりながら、自分の教室の席に戻る。ハルヒは人の気も知らず、仏頂面で外を眺めているだけ。 ……一ヶ月か。昨日自宅で過ごしたが、今まで通りの家族がいて、俺の部屋も全く変わらない形であったため、 別の世界に来ているという印象はなく、それなりに安心して過ごすことができた。 学校でも谷口・国木田コンビは健在だったおかげで、弁当をともにする関係は維持できる。そう言った意味で違いは そこまで大きくないのだが…… たった一つ、そしてもっとも必要なSOS団が存在しないこと――もちろん、俺が北高入学時にはまだできていなかった からなくて当然だが、あの長門の読書モード、朝比奈さんの温かいお茶、古泉とのボードゲーム……この世界にはこれらが 一つも存在していない。 それを認識したとたん、俺は寒気を伴う寂しさに襲われて思ってしまう。 ――あのSOS団の部室に帰りたい。 ◇◇◇◇ 一ヶ月の待機後、ようやく変化が訪れた。俺の記憶通りに、古泉が転校してきたのである。ただ出会いは異なっていた。 俺がSOS団ホームシック状態のダウナーな気分で自転車を駐輪場に止め、とっとと早朝強制ハイキングコースに 入ろうとしたとき、予想外の組み合わせに声をかけられた。 「おはよう」 振り返ってみれば、そこには朝倉涼子の姿があった。いつもどおり柔らかな笑みを浮かべている。 問題なのはその背後にいる人物だ。さわやかな容姿に、細身の身体、身長は俺よりもやや高く、柔らかい笑みと目、 モデルに採用すればそれなりに注目を浴びられるレベルであろう北高男子生徒。 「おはようございます」 続けて来たのは、あのニヤケスマイル顔の古泉だ。朝倉と古泉、まさかこんなコンビでファーストコンタクトになるとはな。 明らかに俺の知っている展開とは違う。そもそもこの二人には接点というものが全くなかった。 やはりこの世界は俺の時と同じように動いてはいない。欠けているものが多すぎるんだから無理もないんだが。 「ああ、おはよう。背後のは彼氏か?」 俺はできるだけ古泉と初対面であるという様子を取り繕った。正直、古泉だけならいろいろ初接触時のやり方について、 自分なりにシュミレートしていたんだが、朝倉がセットというのは全く考えていなかった。 少しでも不審な行動や言動を取ればたちまち正体を見破られかねない。 朝倉は半分困り顔で手を振り、 「いやだなぁ。あいにくまだ独り身よ。この人は古泉一樹くん。今日、わたしたちの学校に転入してきたんだって。 でも、うちの学校って駅から遠いでしょ? 道に迷っちゃったらしくて困っていたところにわたしが通りかかったのよ。 この制服で同じ学校の生徒だろうと思ってわたしに声をかけてみたんだって」 淡々とした説明だった。道に迷って偶然会ったのが朝倉。普通なら違和感を憶えることもないだろうが、 宇宙人と超能力者が偶然に出会える可能性はいかほどものもだ? 少なくとも、年末ジャンボの五等より高いって事はないだろう。 結論。朝倉の言うことを信じない方が良さそうだ。となると、何らかの目的で俺に接触しようとしているってことか。 「こちらはどなたですか?」 「ああ、さっき話した彼よ」 「ほう、この人が……」 朝倉と古泉の会話を聞くに、どうやら事前に俺の話をしていたようだな。ますます狙って二人そろって接触してきたとしか 思えん。さて、どうしたものか。 俺は一つよろしくと頭を下げると、3人で学校に向けて歩き出す。 古泉は朝倉の背後から俺の顔をのぞき込むように顔を近づけて、 「お噂は聞いています。あの涼宮ハルヒさんと大変親しいようですね。かなり気むずかしい性格のようですが、 何かコツでもあるんですか?」 「別に親しいってわけじゃねえよ。ただあいつが一方的に俺を振り回しているだけだ」 やれやれと俺の嘆息。これは実際事実だからな。この一ヶ月間、SOS団を設立したわけでもないのに、24時間態勢で あちこち引っ張り回され、おかげでホームシック気味が少しだけうんざり分に変換してくれたほどだ。 力を自覚していても、あの突拍子もない行動力は全く変わってねえ。もっともその動機は不思議な何かを探す好奇心ではなく、 不思議な何かから身を守るための警戒心であるところが大きな違いであるが。 これに朝倉は意外そうな表情を浮かべ、 「あらそうかしら? わたしが話しかけてもなーんにも答えてくれない涼宮さんが、あなたとなら気軽に話しているじゃない。 コツがあるなら本当に教えて欲しいな」 さらなる朝倉からの追求に、俺はここは一旦考える素振りを見せる。高校入学式で初めて出会って一ヶ月間程度の設定である以上 昔から知っているような態度を悟られるとまずいからな。 上り坂の角度が急になった辺りで、俺は軽く頭を振る。 「解らん」 それに朝倉は柔らかな笑いを一つ返し、 「ふーん。でも安心した。涼宮さん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもんね。 一人でも友達ができたのは良いことだわ」 そういや、以前――俺の世界の時も同じ事を言われたな。あの時は委員長になったから委員長らしいことを言っているんだろうと 思っていたが、今思えばハルヒの安定化を望んでいたのかもしれん。一応長門のバックアップってことらしいから、 情報統合思念体主流派の遠くから見守り政策に沿って動いているはずだし。 ――結局は暴走して俺を殺そうとしたが。 「友達ねぇ……」 俺は首をかしげる。 俺にとってハルヒってのは何なんだろうか。元の世界だと友達って言うよりはSOS団団長だな。 俺は雑用係としてこき使われているだけであり、またハルヒの暴走に歯止めをかけている唯一の良心と言ってもいい。 じゃあ、今いる世界のハルヒと俺は何なのだろう? 友達じゃないのは確実だ。馴れ合っているわけでもなく、 一つの目的に向かって共同歩調を進めている。協力者と言った方が適切かも知れない。 そんな俺の複雑な気分を無視して朝倉は話を続ける。 「その調子で涼宮さんをクラスに溶け込めるようにしてあげてね。せっかく一緒のクラスになったんだから、 みんな仲良くしていきたいじゃない? よろしくね。これから涼宮さんに何かを伝えるときは、 あなたから言ってもらうようにするわ」 「さしずめ、あなたは涼宮さんのスポークスマンと言ったところのようですね」 おいコラ古泉。俺の反論台詞を封じるんじゃない。お前はしばらく黙っておいてくれ。 朝倉は俺の渋い顔を見て、納得していないことを悟ったのか、両手を可愛らしく合わせて、 「お願い」 あの時と全く同じ事を言われた。まさか古泉とセットの状態で言われるとは思わなかったけどな。 俺が溜息+肩を落としていると、今度は頼んでもいないのに古泉が今度は自己紹介を始めた。 「初めまして。僕は古泉一樹と申します。今日付で北高の一年九組に転校することになりました。 これからいろいろとお会いする機会があると思いますので、どうぞよろしくお願いします。特に――涼宮さんに関しては」 ……やっぱりハルヒ絡みで近づいてきたようだな。意図をビンビンぶつけてきやがる。 俺はしばらく黙っていたが、やがて立ち止まって二人の顔を見渡し、 「何が目的だ?」 「……はて、それはどういうことでしょう?」 しらばっくれる古泉を俺は睨みつけ、 「とぼけんなよ。どう見ても、二人してハルヒに対して興味津々じゃねえか。だったらハルヒに直接接触した方がいいだろうに、 なぜか俺にそんなことを言ってきている。なら、俺に聞きたいこと、あるいは言いたいことがあるんじゃないのか?」 「あら、思ったより自意識過剰なのね」 返ってきたのは朝倉の淡々とした声。わずかながら嘲笑じみた笑みも篭もっている。 「あたしがさっき古泉くんに涼宮さんのことを話しただけなの。彼はそれに興味を持っただけ。 どうしてそんなに警戒しているのかな?」 ぎくりと俺の心臓が破裂するほどにふくれあがり、全身に冷や汗が流れ出た。まずい、俺の疑心暗鬼が作り出した妄想に 大きなミスをやらかしてしまったのか? 「なーんてね♪」 そこで朝倉がぺろっと舌を出して、びっくりカメラでしたーと言わんばかりのおどけっぷりを見せた。 この野郎、からかいやがったな。 ここで古泉が朝倉をフォローするように、 「あなたのおっしゃるとおり、僕たちはちょっとあなたに話があります。それもそうそう信じてもらえるかどうかわからないような レベルの話でしてね。唐突に出会っていきなり言うのも戸惑いを増幅させるだけなので、今日はちょっとばかり挨拶をと」 「…………」 俺はいらだちを込めたうめきを上げる。古泉らしいと言えばそうだが。 こんな話をしている間に、すでに北高の校門に到着してしまった。話ながらだとハイキングコースも短く感じるな。 ここで古泉は手を振って、 「では僕は転入手続きなどで寄るところがありますので、ここで失礼させていただきます。さっきの話の続きはまた、 そうですね。今日の放課後にでもしましょう」 そう俺たちから離れていった。 朝倉はいつもの笑みを浮かべて、 「じゃあ、わたしたちは教室に行きましょう」 そう二人で自分のクラスへと足を向けた。 ◇◇◇◇ 「ようハルヒ」 「…………」 始業ぎりぎりに来たわけではないが、とっくに席について数十分状態に自分の席で気難しい顔つきで座っているハルヒに 声をかけてみるが、まるっきり無視されてしまった。 と、ハルヒの視線が微妙に朝倉に向けられていることに気が付く。 ハルヒは朝倉が自分の席に座ったタイミングで、はあっとため息を吐くと、 「朝っぱらから朝倉と二人で登校するとは随分堂々としているわね。あんた、あいつらの危険性を本気で認識しているわけ?」 「おい、教室でその話は――」 「大丈夫よ。ごまかしているから」 気にするなと手を振るハルヒ。なら、遠慮する必要もないんだな。 「朝倉から接触されたんだよ。超能力者と一緒にな」 「あんたの言う古泉――一樹だっけ? ついに転校してきたの?」 ああ、どうやら二人で何やらたくらんでいるみたいだがな。 ハルヒはキッと俺を睨みつけると、 「何か余計なこと言わなかったでしょうね? 今のところ、奴らに動きはみえないけどさ」 「挨拶されただけだよ。もちろん、お前絡みについて散々思わせぶりなことを言っているけどな。続きは放課後だそうだ。 たぶんお前さんについてだろうよ」 「ふーん、ってことはどうやら機関ってのが本格的に動きそうってことね。あんたの狙ったとおりに」 「さて、それはどうかな」 俺はかいまつんで、自分の時との違いを説明してやる。あの時は、長門→朝比奈さんと告白されて、 むしろ古泉は俺の方から問いつめたような展開だったからな。朝倉と一緒に来るなんて想定外も良いところだ。 「本当に大丈夫なわけ? どうも信用ならないのよね、あんたの言っていることは」 何今更なことを言いだしやがる。とはいえ、ここまで違ってくると不安になるのは俺も同じだ。 ………… いいや大丈夫だ。出会いが違っても、古泉は古泉だった。あのうさんくさいスマイルも周りくどい言い回しもあいつそのもの。 ならば、俺の世界と同じように古泉との関係を築けるのは不可能ではないはず。 俺は頭を振って仕切り直すと、 「とにかく、俺ができるのはアドバイスまでだぞ。これをどう生かすのかはお前がやることだ。 このままだと放課後に古泉から自分は超能力者だとカミングアウトされることになる。ついでに朝倉からも 自分は宇宙人だと言われる可能性もな。どう動くつもりだ? 向こうが動いた以上、こっちも様子見って訳には いかないんじゃないのか?」 それに対してハルヒは得意げな笑みを浮かべて腕を組むと、 「もちろん考えているわよ。向こうの動きを待つ必要はないわ。まず古泉一樹って奴をこっち側に引き入れて、 それをコネに機関って組織を乗っ取る。見れば、結構大きな組織に成長しているみたいだからね。 うまく扱えば、あたしの隠れ身として使えるかも」 おいまさか機関を自分のものにする気か? 関係ない人間を巻き込みたくないって言っていたのはどこへいっちまったんだよ。 「関係ない人間を巻き込んでリスクを増やすのは嫌なだけ。これだけ大きな組織になれば、使いようによっては ことをうまく進められるかも知れない。昼休みにこっちから仕掛けるわ。まずは古泉ってやつの身柄を確保する」 どうやらがぜん乗り気になってきたらしい。もっとも俺の世界とは違い、どうやらこのハルヒは機関を道具として 使うつもりのようだが。 俺はイマイチ釈然としないものの、それに同意して頷くことしかできなかった。 ◇◇◇◇ 俺は昼休み弁当も食わずに非常階段のところでハルヒを待っていた。二人で行くのも微妙だから、ハルヒがとっつかまえて ここに連れてくるんだそうだ。今頃、九組へ傍若無人に乗り込み、その辺の生徒を適当につかみ上げて、 転校生はどこかと聞き出した後、恐らく顔の良いあいつのことだろうからお弁当がらみで女子に囲まれているところに ダイブするかのごとく中心部に飛び込み、そのまま有無も言わさずにここまで引っ張ってくるだろう。 一気に九組の女子全員を敵に回したのは確実だろうな。いや、相手が相手だから野良犬にでもかまれたと思って諦めるか? 東中時代を知っている奴がいれば、飽きるまでの辛抱よ、ぐらいで済ますかも知れんが。 「ヘイ、お待ち!」 一人の男子生徒の袖をがっちりキープしたハルヒがやってきた。しかも、出前でも持ってきたような言葉まで言ってやがる。 全く力を自覚していても基本的な性格はかわらんね。 「一年九組に本日やってきた即怪しすぎて第1候補にしておけない男子生徒、その名も古泉一樹くん!」 朝に自己紹介なら済んでいるからもうしなくて良いぞ、ハルヒ。ただ、古泉はそんな俺の考えを無粋だと判断したのか、 改めて俺の方に握手の手をさしのべて来て、 「古泉一樹です。どうぞよろしく」 俺は自分の名を名乗りつつ、その握手に答える。 ハルヒは俺たちの手を遮るように割り込み、両手を上げて、 「あたし、涼宮ハルヒ! 古泉くんは知らないだろうけど、現在絶賛超能力者を募集中なのよ! で、その第1候補にあなたが選ばれたってわけ」 「んで、そんなこいつの偏執的妄想の確認のため、お――あんたはここに連れてこられたって訳だ。 済まないな、昼休み中だってのに」 「いえ、特に予定はありませんでしたし、転校生のせいかクラス中からの奇異の注目を浴び続けることに少々うんざりしつつ していましたので、ちょうど良い余興かと」 淡々と古泉はいつものインチキスマイルを浮かべ続ける。 しかし、ハルヒ。いきなり超能力者と決めつけて古泉に接触するなんてちょっとまずいんじゃないか? 少なくとも俺の世界の時は、怪しい転校生と決めつけてSOS団に入れさせようとしただけなんだが。 超能力が使えるんでしょ、的な熱烈視線をハルヒから浴びせられ、古泉は困ったなと頬をぽりぽり書いている。 実際に使えるのは事実だが、ハルヒにそれを教えるわけにも行かんだろうからな。ん、ということはこの時点で、 機関はハルヒが力の自覚ができていないと認識しているのは確実か。 ハルヒはあの泣く子も逃げ出す強力熱視線を向け続けていたが、古泉のニヤケ微笑みを崩すのはすぐには無理かと判断したようで 「ふん、黙っていれば疑惑が深まるばかりよ。絶対に化けの皮をはがしてやるわ。今日からあたしたちと一緒に行動してもらう。 その中で隙を見つけてみせるから!」 めっちゃくっちゃな言い分だが、これぞハルヒと言えるだろう。 古泉は困ったポーズをとり続けていたが、 「一緒に行動するのはいいんですが、具体的にどうすればいいのでしょうか?」 「とりあえず、登下校は必ずあたしと一緒にいなさい。昼休みもここで必ず集合。お弁当もここで取るわよ。 キョン、さっきからマヌケ面で聞いているけどあんたも一緒だからね」 うおいちょっと待て。これから俺のスクールデイズはハルヒ分100%かよ。ただでさえ、俺の後ろでむすーっと しているってのに、今度は唯一ハルヒからの解放時間である登下校と弁当タイムまで没収なんて残酷にもほどがある。 ああ、さらば谷口・国木田、お前たちとの平穏な弁当時間は、唐突だがハルヒによってボッシュートされちまったよ。 あと今日放課後の古泉・朝倉との密談も後回しだな。 そんなわけで俺・ハルヒ・古泉の奇妙な関係で結ばれたグループが誕生した。 ◇◇◇◇ その日の放課後、SOS団もないため全員帰宅部である俺たちは、終業のチャイムが鳴ったとたんに 一斉に学校から飛び出していく。もちろん古泉も一緒だ。 「部活なんてやっても無駄なんていわないけど、あたしにとっては必要ないものね。ここの学校の部活は普通のばっかりだし。 もっと超常現象研究会とかあるけどさ、他人がやったのとか写真とか集めているだけで自分で実戦しようとしないのよ。 そんな研究に何の意味があるのかと問いかけたいわね。やっぱり自分でやれるようになってこそおもしろいものじゃない」 「そうですね」 ハルヒは古泉をまくし立てるように話ながら、下校の下り坂を下りていく。俺はその後ろをコバンザメのようにくっついて歩く。 当の古泉はイエスマン状態になってはいはいと頷くばかりだ。ただたまには聞き返したりもする。 「涼宮さんは全ての部活に仮入部されたと伺いましたが」 「そうよ」 「何か良い部活はなかったのでしょうか? 僕のつたない耳のみの情報網でも涼宮さんは文武両道に 大変優れた方であると聞いていますので、どこの部でも快く受け入れてもらえると思いますよ」 そう、古泉が来るまでの一ヶ月間の間、俺はつじつまあわせになるかもしれないと考え、ハルヒに全ての部活への仮入部を させていた。俺の時とできるだけ同じようにしておきたかったというのが一番の理由だ。ハルヒの奴はツマランを連発して 文句ばっかり言っていたが。 「はっきり言って全然ダメね」 「ほう、その理由とは」 「ミステリー研究部はただの推理小説マニアの集まり、UFO研究会なんて新聞記事をスクラップしたのを 見てニヤニヤしているだけよ。実際に探しに行こうとも思わないんじゃ、活動自体が無意味ね」 「なるほど」 古泉はニコリと答えるだけ。 ハルヒはその後も一方的にべらべらとしゃべり続け、古泉はうんうんとうなずくだけの下校タイムとなった。 ◇◇◇◇ 「じゃあ、僕はここで」 「うん! じゃあ、また明日の朝ここでね! あ、何かあったら電話で連絡するから」 別れ際に早速明日の古泉の予定を乗っ取るハルヒだ。何というか、いつも見ていたとはいえ、改めてみると とんでもない傍若無人ぶりだな。今更だが。 古泉は特に問題ないという感じで、気色悪い笑みを浮かべると手を振りながら人混みの中へ消えていった。 ハルヒはその姿が見えなくなった時点で、ふんと偉そうに胸を張り、 「なっかなか、人間的にできている人みたいね、古泉くんって。話しやすいし」 どうみても一方的にお前が話すのを、うんうん頷いているだけにしか見えんが。お前にとってはこれ以上ないくらいに やりやすい相手かも知れないけどな。だからこそ、良心ストッパーの俺の存在が重要になるって構図だ。 まあそれはさておき。 「で、初接触の感想はそれだけか? これからのプランはあるんだろうな? 俺が後できるのはせいぜいお前と古泉の間に入って 微調整してやることぐらいだからな」 「わかっているわよ、そんなこと」 ハルヒはふふっとあくどい笑みを浮かべて、 「当面の目標は古泉くんをあたしの部下に仕立て上げた後、機関って組織の乗っ取り。これで行くわ」 どうやら目的がはっきりして楽しくなってきたんだろうか、ここ一ヶ月むすーっとしっぱなしだったのは打ってかわって、 俄然やる気になってきたようだ。 ん、待てよ? ひょっとして俺も明日の朝、ここでお前と待ち合わせなきゃなならんのか? 「あったり前でしょうが。発端はあんたなんだから、きちんと責任を持って付き合ってもらうわよ。遅れたら死刑!」 ハルヒの笑顔を見ていると、明日から始まるドタバタ非日常が頭の中に浮かんできて疲れが何だかましてくる気がするよ。 ……やれやれ。 ◇◇◇◇ 「遅い! 罰金!」 翌日、眠い目をこすって俺的登校予定時刻-30分(ハルヒ指定時刻)にやってきてみれば、ハルヒと古泉は すでに到着済みだった。ハルヒに至っては待ちくたびれたと言わんばかりに腕を組んで俺を睨みつけているときたもんだ。 ただ、久方聞いていなかった懐かしい言葉を言われて、ちょっとほっとしてしまう俺もどうかしていると思うがね。 「まだお前の言っていた時間にはなっていないぞ」 「あたしを待たせるなんて数十光年早いのよ。もっときっちり早く来なさいよね」 無茶苦茶な理論を並べるな。大体光年は時間じゃない。 そんな俺たちに古泉はただニヤニヤしているだけだった。 んで、俺たちはプンプンしながら歩くハルヒを先頭に、学校への道のりへと足を踏み出す。と、ここで隙を見つけたとばかりに 古泉が俺に急接近してきて、 「昨日はすみませんでした。まさか、初日の昼休みから涼宮さんに声をかけられるとは想定していなかったもので」 「放課後の話の件か。気にしてねえよ。ハルヒの思いつきはいつものことだからな」 「しかし、この分ではしばらく例の話はできそうにありません。こちらも時間を調整しますので、決まり次第あなたに連絡します」 「こら! 二人で何こそこそしゃべってんのよ!」 俺と古泉の密談に気が付いたのか、ハルヒがこっちにつばを飛ばして怒鳴ってきた。 ◇◇◇◇ 昼休みだ。 ハルヒは弁当とボードゲームを取り出し、 「昨日あんたと電話で話したときのものを用意してきたけど、本当にこれでいいわけ? 家の倉庫を引っかき回して、 オセロしか見つからなかったんだけど」 「ああ、それで十分だよ。あいつは思いの外ボードゲーム好きみたいだからな」 以前、ダイヤモンドゲームなんていう骨董品に含まれそうなほどのゲームで俺に対戦を挑んできたほどだ。 暇つぶしの方法としてはそれなりに気に入っているんだろうよ。 ハルヒの持ってきたのは、ボードは折りたためる小型のタイプで、磁石でくっつけるタイプだから狭い非常階段でも 問題なくできるだろう。さてさて、あとは古泉が素直に来ていることを祈るだけだが。 ずかずかと目的地に向かうハルヒに、俺も弁当を持って付いていこうとする。おっと、その前にメシの友だった 谷口と国木田に一声かけておいて―― だが、察しの良いことに二人はにやけたツラをこっちに向けて、国木田は手を振り、谷口は手を合わせてナームーとか ほざいてやがる。人をなんだと思っているんだ。 俺はそんな二人を無視して、とっとと非常階段へ向かった。 到着してみれば、すでに古泉は弁当を持ってスタンバイ状態だ。 「あれ、もう来ていたんだ」 「ええせっかく誘われたので、待たせるのも失礼かと思いまして。授業が終わり次第すぐこちらに」 「へえ、感心感心。ほらバカキョン、あんたも古泉くんの姿勢をきちんと見習いなさいよ」 んなこと言われても困る。 さて、ここからお弁当+お遊びタイム開始だ。本来なら文芸部室でしているようなことだが、SOS団がないんだから 仕方がないか。 ハルヒは古泉についてあーだこーだ聞き出そうとしている。やれ出身校は、誕生日は、趣味はなどなど。 まあ、初対面の人間が親しくなり始めてから聞くような内容だな。それを面倒くさがってマシンガンのように 質問攻めで聞き出そうとするのはハルヒの傍若無人ぶりがあってこそだし、それにネガティブな反応を見せず、 かわすところはかわして答えるところはさらっと答える古泉は、まあ確かに良いコンビかも知れない。 ……ただ、古泉のこの振る舞いは演技らしいが。 で、昼休み終了後、ハルヒは弁当とボードゲームを片づけずつ、 「古泉くん、弱すぎよ。本当にこれ好きだったわけ?」 「いつまで経っても強くならないのがあいつの特徴だ。俺の世界じゃ、お前じゃなくて俺の相手をしていたわけだから、 わざと負けている訳じゃないと思うが」 そんな俺の返答に、ハルヒはふーんと余り納得していない様子であった。 ◇◇◇◇ それから二週間、同じような日が繰り返された。 朝、古泉と一緒に登校し、昼休みは弁当喰ってボードゲームに興じ、下校も3人で返る。 たまにゲーセンとかによってUFOキャッチャーや太鼓のゲームに興じたりもした。休日はハルヒがいつもの駅前に 俺と古泉を呼び出して一日遊び倒して廻る。 ハルヒはことあるごとに超能力者であることを見破ってやるわと、古泉に勝負をけしかけていたが、 元々そんなものを持っていない古泉がそれを発揮することもなく、一度も勝利することなく全敗街道まっしぐらである。 とは言っても、ハルヒも古泉の超能力がどういうものだか知っているんだから、ただの演技に過ぎないが。 ただSOS団ではないとはいえ、俺は今の生活が多少マシになってきていると感じていた。 古泉・ハルヒとつるんで一緒に遊んでいることはそれなりに楽しくなってきていたし、まあ退屈になることもほとんどなくなった。 休日も、無駄遣いにならない程度に楽しめている現状だ。唯一の問題点と言えば、出費の大半が大半が俺の罰金おごりのおかげで 懐具合が寂しくなる一方ぐらいである。軽い問題ではないけどな。 あと、少しハルヒの様子が明るくなってきたのも感じている。古泉が来るまでの一ヶ月間のむすーっ状態はどこへやら、 ハルヒは毎日が楽しくて仕方ないようで、情報統合思念体の脅威をほったらかして、古泉と俺との遊びに時を忘れるほどに のめり込んでいるようだ。以前に聞かされた長門のパトロンの目的を聞いている以上、少々脳天気すぎやしないかと たまに不安にもなるが、逆に俺の言っているSOS団の存在――古泉のみでもハルヒは十分に楽しめると言うことが 立証できているようで、内心俺もほっとしている気分である。 しかし、当然ながらそんな日々はいつまでも続くわけがない。保留となっていた古泉・朝倉からの話とやらをされるときが ついにやってきたのだ。 いつものようにハルヒ・古泉と一緒に下校する際に、こっそりと古泉からくしゃくしゃに丸められた紙を手渡された。 古泉と別れた後にその内容を読んでみると、 【今日の午後七時に甲陽園駅前公園に来てください】 そう書かれていた。この内容は長門からもらったものに似ている。 もちろんこの内容はハルヒの目にも入っていて、 「……どうやら、向こうもぼちぼち動きを見せるのかしらね。あんたの世界だと、こういうイベントはあったの?」 「イベントって……まあいい。確かにこの時期に呼び出しは受けた。古泉にではなく、何度か言っているインターフェースの 長門からの呼び出しで、自分は宇宙人だと告白されたよ」 「なるほどね。キョンをあいつら側に引き込むって事か……」 あごに手を当てて思案顔になるハルヒだが、それはちょっと違うぞ。 「今回がどうかはわからんが、前の長門の告白は……そうだな、どちらかというと俺に対して警告がしたかったように思えた。 実際にその後に朝倉のおかげで、命の危機にさらされたからな。後は俺はハルヒにとって重要な人物になっていることも 伝えようとしていたようだし」 「あんたが重要な人物ねぇ……確かに、今のあんたはあたしにとって重要な情報源ではあるけど、 あんたの世界じゃあたしは力を無自覚だし、あんたは何でもない平凡な一般人。そんな重要だとは思えないわ。 自意識過剰なんじゃない?」 「知らねえよ。あの話しぶりじゃ、俺がSOS団を結成した――ようは、宇宙人・未来人・超能力者を集めるきっかけを 作ったかららしいけどな」 ハルヒはうさんくさそうな目で俺を見つめるばかりだった。 ◇◇◇◇ 夏が近くなったというのに、やたらと冷え込む夜に俺は指定された公園へとやってきた。 できるだけ、俺の世界の時と同じようにしておこうと思い――特に意味はないんだが――一旦家まで戻って 当時と同じ服装に自転車でここまでやって来ている。 公園に設置されている時計の針は六時五〇分をさしている。まだ古泉の姿はなかった。 ちなみにここで話した内容は即座にハルヒに報告するように手はずを整えている。ただし、録音やこっそりと携帯で 会話の内容を伝える案はハルヒによって即座に却下された。今日、俺がここに呼び出された理由について、 俺が知っているわけがないというのが機関、ひいては情報統合思念体の認識であるはず。事前に準備をしていたら、 怪しさ大爆発で即刻ボロが出るだけだと。事実確かにそうだろうな。あの時はかなり適当――というか理解できなかったが、 今回はできるだけ話の内容を理解して、憶えなければならない。かといって興味津々全開で質問しまくるのも却下だ。 凡人一般人の俺があの電波話を聞かされたときに取るべき態度というのは、理解できん知らんが正しいのだから。 こいつは難題だぞ。いかん、何かテスト前みたいな緊張感に身が震えてきた。 「あら、早いのね」 突如かけられた言葉に、俺は驚いて身を震わせてしまった。いきなり失敗だ。何をそんなに緊張しているんだと突っ込まれたら どうする。落ち着け落ち着け…… 俺は平静さを保つふりを心がけつつ、声の主の方へ振り返った。見れば、古泉・朝倉コンビが北高の制服のまま、 それぞれの笑みを浮かべてこちらに手を振ってきている。 さて……ここからが本番だ。 「まいっちゃった。まさか涼宮さんが一直線に彼の元にたどり着くとは思っていなかったから。 何か感じるものがあったのかしらね?」 一瞬、知るかとか返しそうになったがすんでのところで喉の奥に引っ込める。ハルヒのことを何も知らないのに、 その反応はないだろうからな。だから、こう返す。 「……何の話だ?」 俺の反応に朝倉は一瞬きょとんとすると、ああそうかとポンと手を叩き、 「そうね。最初から話さないとわからないか。ちょっと長い話になるんだけど、結構冷えてきたからわたしの家で話さない? あなたはどう?」 「僕としては、円滑に話を進められればどこでも問題ありません」 淡々とその提案を受け入れる古泉。 朝倉の家か……あの時思ったのとは別の意味で、「マジかよ」だな。壁という壁にナイフコレクションでも 飾ってあったりしないだろうな? 俺はうろたえつつも狼狽しないように心がけていたつもりだが、それを緊張と受け取ったらしい朝倉はにこやかな笑みで 「そんなに緊張しなくても良いよ。罠とか仕掛けている訳じゃないし、取って食べたりしないから」 お前に言われると洒落になってねえよ、マジで。 とは言っても、ここでべらべらとしゃべるわけにもいかんだろうから朝倉の提案に乗って、マンションへ向かうことにする。 そろそろ本格的に冷えてきたしな。 たどり着いた先は、あの長門も住んでいるマンションの505号室。朝倉の部屋だ。 「遠慮なく入って。気にすることはないから」 そう朝倉は自室に俺たちを招き入れる。俺は古泉と一旦顔を見合わせるが、大丈夫ですよと言ってずかずかと上がっていく 古泉の後に続いて、玄関から部屋の中に入った。 部屋の構造自体は長門のものと一緒だったが、あの殺風景で何もないリビングとは違い、テレビやタンス、戸棚など ごくごくありふれた内装になっている。部屋の真ん中には冬にはこたつに変身するだろうテーブルが置かれていた。 俺と古泉はあらかじめ準備されていたようにテーブルのそばに置かれていた座布団の上に座る。 「ちょっと待っててね。せっかくのお客さんだから、茶菓子だけっていうのも殺風景だし、夕食もまだでしょ? 簡単なものを作るわ」 いつの間にやらエプロンを身につけた朝倉が、髪の毛を整えるようにばさっとそれを振り上げ、台所で料理作業を始める。 何というか、本当に生活感あふれるその姿に、俺は一瞬感心と好意じみた感情を持ってしまうが、即刻頭からそれを振い落とした。 あいつは二度も俺を殺そうとした危険人物だぞ、あっさり篭絡されてどうする俺。 「いいですね、朝倉さん。器量よし、気配りよし、性格よし、おまけに才色兼備。付き合うなら彼女のような人物が 理想的だと思いますよ」 「……そう……かもな。俺の友人がAAランク+を付けていたよ」 谷口のランク付けを持ち出して、できるだけ俺の感情を出さないように心がけた。 ところが、これに古泉はどんな曲解解釈を行ったのか、 「おっと失礼しました。あなたにはすでに涼宮さんがいましたか。別に浮気の勧めではありませんので、 気を悪くしたのであれば謝りますよ」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。あのな、俺とハルヒは何でもないんだよ。元の世界ではSOS団団長と雑用係であって ここではただの協力者だ。そもそも恋愛感情自体をハルヒは否定しているんだから、そんな関係になるはずもない。 例え――絶対にあり得ない話だが、俺がハルヒにストレートな恋愛感情を持ったとしても、けっ飛ばされて終わるだけさ。 ――と言ってやりたいんだが、そうもいかん。仕方なく、 「どいつもこいつも勘違いしているようだが、俺はハルヒに引っ張り回されているだけであって、 別に男女の付き合いとかそんな関係じゃない。朝倉は確かに……まあいいやつかもしれないが、あいにく今はそういう気分じゃ ないんでね。ハルヒともどもお前に譲っておくよ」 「何の話?」 気が付けば、湯気が立ち上る鍋を持つ朝倉の姿が。その中からは醤油風味の良い香りが漂ってきた。 もう作ったのか? さすが宇宙人と言えばいいのか。 濡れたタオルをテーブルに敷き、その上に置かれた鍋の中には厚切り大根やはんぺん、こんにゃく――おでんが浮かんでいる。 「あまり待たせるのも問題だから、あり合わせで作ってみたの。食べてみて」 そう俺たちの前に皿と箸を並べ始める。 朝倉の手料理。ナイフやカッターの刃でも仕込んでありそうで、口にもしていないのに口内に鉄の味がじんわりと広がった。 そんな俺の気持ちなんて全く気づかずに、古泉はいつもの笑顔でごちそうになりますと言って、箸を進め始める。 「あなたも遠慮せずに食べちゃって良いわよ」 そう言って朝倉も自分の料理に手を付け始めた。毒は……入っていなさそうだな。いやまあ、朝倉の宇宙人的変態パワーなら 俺を殺すのにそんな回りくどいことはせずに、血管に直接毒を注入してくるだろうが。 俺は一応の礼儀のつもりで軽く頭を下げ、無言のまま箸を取りおでんを口に運ぶ。 「…………」 何だろうか。きっと感涙して津波が俺の背後から迫ってくるような旨さなんだろうが、あいにく朝倉に対する警戒心からか 味わうことに全く集中できず、まるでインフルエンザに冒された舌で物を食べている感覚だ。 しばらく3人とも黙ったまま箸を進める。俺もようやく雰囲気に慣れてきて、味も認識できるようになってきた。 うん、素直にうまいと言っておこう。 だが、このままただ朝倉料理の試食会を続けているわけにも行かない。 鍋の中身が半分になったぐらいで、俺は一旦箸を置いて、 「で、俺に用事ってのは何なんだ? メシを食べさせてくれるのは嬉しいが、それだけなら全部喰ったら とっとと帰らせてもらうぞ。俺も暇じゃないからな」 俺の言葉に、古泉と朝倉は顔を見合わせると二人とも箸を置いた。どうやら余興は終わりのようだな。 さて、どう来る? 最初に口を開いたのは朝倉だった。正座したまま、てを膝の上に置き優雅に語り始める。 「ねえ、涼宮さんのこと、どう思っている?」 「またハルヒのことか。さっき古泉にも言ったが俺とハルヒは――」 「そうじゃなくて」 凛とした朝倉の声。それは冷たくとがり俺の口を止めるには十分すぎる圧力を感じた。 そして、次に朝倉は核心について語り始める。俺が以前に長門にされた話だ…… 「涼宮さんは普通じゃない。そして、わたしも彼も」 ――朝倉涼子の正体と目的。つまり情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用インターフェースであり、ハルヒの観察。 ――情報統合思念体の存在とその説明。 ――この地球に現れた正体不明の情報フレア、涼宮ハルヒ。 ――そのハルヒには、情報統合思念体の自律進化の可能性があること。 ――そして、最初の情報爆発以降この3年間何も動きを見せなかったハルヒに、強い影響を与える人物が現れた。俺のことだ。 俺はぼんやりと長門から初めて聞かされたトンデモ話に重ねてその話を聞いていた。あの時は全く理解できず、 また受け入れるつもりもなかったっけな。 一通り朝倉が説明を終えるのを見計らって、俺は古泉を指差し、 「こいつも同じだって言うのか?」 「それは違います……」 続いて古泉が自分が超能力者であることを語り始めた。 ――自分は機関に所属している超能力者であること。 ――三年前突然超能力を持ったことを自覚し、同時にその役割を知らされたこと。 ――今、自分たちのいる世界は三年前にハルヒが作り出した物かも知れない。 ――機関はハルヒを神のようなものとして考えている。 ――そのため機関上層部は神の不興をかうことなく、ハルヒが平穏無事に過ごして欲しいと願っている。 ――自分の超能力は特定の条件下でしか発動しない。 ――ハルヒのストレスが最高潮に達したとき、現実から隔絶された閉鎖空間を作る。 ――その中で神人と機関が呼んでいる巨人が暴れるため、それを狩る能力をハルヒから与えられた。 ――ここしばらくは閉鎖空間も発生せず世界は落ち着いている。 ざっと話されたのはこんな感じだ。古泉から超能力者をカミングアウトされたときと実際に閉鎖空間に招き入れられたときに 話したことと同じだな。わかりにくいたとえ話はなかったが。 二人が話し終える頃には、熱々だったおでんも冷たくなりつつあった。俺はただそれを黙ったまま聞いていただけである。 一度聞いたことのある話だったから復習みたいなもんだったからな。呆れや衝撃よりも、そういやそうだったっけぐらいの なつかし話を聞かされた感覚だ。 しかし、この余裕の反応がちとまずかったらしい。二人は呆然と俺を見つめている。やばい。俺を凡人だと認識している以上、 もっとオーバーなリアクションを取った方が良かったか? 「驚きましたね。突然こんな話をしたというのに、あなたは全く驚いている様子がありません」 「ホント。もっと唖然とした態度を取るかと思っていたのに。ひょっとして――」 朝倉はすっと目を細め、こちらを勘ぐる口調で、 「もう知っていたとか?」 ぎくり。俺の心臓が飛び出るほどに激しく鼓動した。まずい……これはまずい…… だが、今までの超常現象遭遇体験のおかげか、自然と口が開いた。 「……俺がそんなヨタ話を信じているように見えるか?」 自分でも驚くほどにけだるい声を上げていた。全力全開で呆れているぞ、俺はとアピールするには十分すぎるほど。 これに朝倉はニコリとちょっと困り気味の表情を浮かべて、 「だよねー。いきなりこんな話をされても困っちゃうわよね」 「ですが、今僕たちの話したことは紛れもない事実です。あなたが信じようと信じまいとその現実は変わりません」 珍しく真顔の古泉に、俺はやれやれと嘆息する。演技・本気、半々で。 さあ、ここからは俺のターンだな。聞きたいことは山ほどあるんだが、あいにく初めて聞かされた馬鹿話を 俺は余り信じていないフリをしなければならない。それをコミで聞くことは…… 「とりあえずだ。おまえらの真剣ぶりはよくわかったよ。それを考慮して今の話を信じるかどうかは 家に帰ってのんびり風呂に入りながらでも考えておいてやる。でだ、今から話すのは信じたからではなく、 どちらかというと興味本位でエンターテイメント的に受け入れた上での質問だ」 我ながらよくわからん前置きをしつつ、続ける。 まず確認しておきたいことが一つ。 「何で俺にそんな話をしたんだ? 俺はどこにでもいるような平凡な一般人だ。そんな話をされても正直言って困る。 だが、言った以上何らかの目的があるってことになるんだが」 「つまりですね、あなたは涼宮さんに誰よりも近い位置にいるということです。 そのため、僕たちの協力者になって欲しいんですよ。機関が望んでいる涼宮さんの安定に貢献していただきたいと」 そう古泉が答えた。朝倉も同意するように頷く。 てか、朝倉は頷くはずがないんだがな。平穏どころか俺をぶっ殺してハルヒの動揺を誘おうとしたんだからむしろ逆だろ。 そう突っ込みたくなるが、とりあえず言えるわけもないので腹の中に飲み込むしかない。 「ようは俺にお前らの仲間になれと?」 「そういうこと。あと涼宮さんの情報も逐一提供して欲しいわね」 朝倉の言葉に、俺は腕を組んで考えるフリをする。やれやれ、以前はただのカミングアウトに過ぎなかったが、 この世界ではちと状況が違うようだ。俺が機関、あるいはインターフェースの手先になれってことだからな。 だが、こんな話をあっさりと飲むわけにも行かん。ハルヒと相談する必要もあるからな。 「わかった。風呂の中でお前らの話を信じられたら、検討しておく」 この話はここまでだ。これ以上聞いておく必要はないからな。ここらでおいとまする頃合いだろう……ボロを出す前にな。 ………… ………… ……いや、一つだけ聞いておきたいことがある。さっきの話の中に欠けている物があったからな。 しかし、聞くべきか? 信じていない奴が聞くことなのか…… しばらく悩んだが、結局俺は聞くことにした。これは俺の命に関わることだからな。 「情報統合思念体と機関、その中はきちんと思惑は一致しているんだろうな? 実は反乱勢力があって、 そいつらがいきなり襲ってきたりするのは勘弁だぞ」 「……痛いところをつかれましたね」 古泉は鋭い目を俺に向けた。朝倉も笑みを隠し、真剣な表情に移行している。 「実のところ、機関の思惑は一致していません。大半が先ほど伝えましたとおり、涼宮さんの安定を願っていますが、 中には涼宮さんの力に注目し、それを利用したり負荷を与えてどういった行動を取るのか知ろうとしている強硬派もいます。 もちろん、機関内部でそう言う人たちは少数派であり、多数派によって厳しく監視していますので 即座に何かをしでかすと言うことはありませんが、彼らがあなたに何かの危害を加える可能性はゼロではありません」 「あら、あなた達も一緒なんだ。わたしたち情報統合思念体も一枚岩ではないわ。主流派は大人しく涼宮さんが変化を起こすのを 見ているけど、中にはわざと問題を起こして強制的に涼宮さんに変革を起こそうとする急進派もいる」 二人の説明に、俺はため息を吐く。ようは俺の世界と同じって事だ。つまりこの先俺は命を狙われる可能性がある。 ハルヒの付随物としてめでたく俺も認定されてしまったわけだ。 だが、古泉と朝倉はまた笑みを浮かべると、 「ご安心下さい。機関は24時間態勢であなたと涼宮さんの安全を確保しています。強硬派の好きにはさせません」 「あたしたちも同じよ。急進派の動きはわたしたちの方で食い止めるから気にしなくて良いわ」 そう言うわけにも行かないがな。特に、朝倉の発言と行動には大きな矛盾があるわけだし。 おっともう一つ聞くことがあった。これはなにげに重要なことだ。 「機関と情報統合思念体の主流派ってのは、きちんと思惑は一致しているのか? そこにも齟齬があるとか言うと 話がややこしくなってくるんだが」 俺の指摘に、二人は顔を合わせて意思の疎通を図り始めた。そして、古泉が口を開く。 「それも残念ですが、完璧にとはいきません。目的が似ているから、暗黙の協力関係が成り立っているだけです。 状況によってはこの先どうなるか、それは涼宮さん次第ですね」 ◇◇◇◇ 俺は夕飯のごちそうを終えると、そそくさと朝倉のマンションから立ち去った。自分の秘密を悟られることなく、 相手からできるだけ情報を引き出す。その重圧による疲労のせいか、俺の足はとんでもなく重くなり、自転車のペダルも まるで後部の荷台に力士でも乗せているかのような重みを持っていた。 宇宙人と超能力者が同時に俺に接触して、そして正体と目的を明かす。しかも、片方は嘘をついている可能性が高い。 俺の世界の時とは明らかに異なっている。未来人がいないことやハルヒの力の自覚の時点でいろいろ根本から異なっているんだから そう言った違いが出てくるのは当然の話とも言えるが、ならばそれによってこれから起きることの何が異なってくる? 朝倉の言っていることが嘘ではないのなら、次に待ち受けているはずの朝倉襲撃イベントはなくなるはずだ。 それがなくなれば、次にあったのは――ええと、古泉との閉鎖空間ツアーか。それがあるかどうかはハルヒ次第だな。 ここのハルヒは意図的に閉鎖空間を作ってストレス解消に暴れているわけだし。その次はハルヒが世界に絶望して 改変してしまおうとすることになるが、これは絶対にあり得ないと言って良い。力を自覚している以上、そんなことを やれるような奴じゃない。あれは無自覚だからこそできる芸当だろう。 そうなるとその後の野球大会やら七夕になるが、今から考えて結構時間が空く。そこまで本当に何も起きずにいるのか? イベント発生率が最大だったこの期間に何も起きないというのは正直想像しがたい。 ならば言えることは一つ。今後起きることは予測不可能と言うことだ。明日何か起きるかも知れないし、 ひょっとしたらこのまま情報統合思念体はハルヒの力の自覚を悟ることもなく、平穏無事に事が進むかも知れない。 「遅かったわね」 考え事に没頭していたせいか、気が付けば自宅前までたどり着いていた俺を自宅の玄関先で待ち受けていたのはハルヒだった。 寒いせいか、私服に薄めのコートを羽織ってずっと待ってたわよと言いたげな顔つきで立っている。 「なによ。人がこの寒い仲間っていたのに、朝倉の家でのんきにご飯までごちそうになっていたわけ? 本当に状況を理解してる?」 そう俺を睨みつけてきた。何でメシを食っていたってわかるんだよ。まさか超パワーでのぞき見していたんじゃないだろうな? 「あんたの口からぷんぷんおでんの臭いがしているのに、いちいちそんなことするなんて労力の無駄よ無駄」 確かに俺の全身からはおでんの臭いがプンプンだ。これじゃ気が付かれて当然か。 ハルヒは、歩きながら話しましょ、と言って歩き始める。俺は仕方なく自転車から降りて、手押し状態でその後を追った。 「今は機関の目を捲いているし、情報統合思念体の監視もごまかしているわ。気にせず、何を見てきたのか教えて」 俺はハルヒに宇宙人・超能力者についてカミングアウトされたことについて適当に話す。すでに知っていることだったのか、 最初は大して興味を示さなかったハルヒだったが、情報統合思念体と機関も一枚岩ではなく、ハルヒに対して強硬姿勢を見せる 連中もいることを話すとやや顔色を変えた。 「やっぱり……そう言うことを考えている連中も今回もいるって訳か」 ハルヒは立ち止まり、すっと空を見上げた。その目はどことなく悲しげで――寂しげでもある。 そして、続ける。 「今まで何度もどうすればいいのか試行錯誤を繰り返してきた中で、必ずそう言う連中があたしにちょっかいを出してきた。 その結果、あたしが力を自覚していることが見破られ、最後はリセットをかけることしかできなくなる。 正直言って、あんたの存在を見つける前はうんざり気味だったわ」 「…………」 俺は何も答えられない。 「あんたを連れてきて、その話を聞いたとき最初は疑問だった。だけど、この二週間久しぶりに何もかも忘れて 楽しめた気がするのよ。今までずっと――どこか情報統合思念体におびえて隠れていないとならなかったから。 だからあんたや古泉くんと遊びまくっているとそんなこと全部忘れられた。あたしは今の状況が続いて欲しいと思っている。 古泉くんもいい人だしね。そして、あたしがそんな脳天気な状態でも誰もちょっかいを出しても来なかった」 ハルヒはここまで言うと、俺の方に振り返りふふっと笑みを浮かべて、 「あんたの言うとおり、超能力者の作ったのは間違いじゃなかったかもね。機関ってのがあたしを監視しつつも、 手を出してくる脅威を旨くさばいているのかもしれない。情報統合思念体も意図はわからないけど、静観している。 こんな状態は初めてよ。ありがとう、あんたのおかげで久しぶりにちょっと希望が持てるようになったわ。 あ、でも乗っ取る野望は捨てた訳じゃないわよ? どうせなら完全にあたしの手中に収めた方がいいしね」 俺はその屈託のない笑みに俺は思わず目を背ける。いや、やましいことはないんだがなんつーかこっぱずかしい。 だが、俺の言っていることを信じてもらえたのは、素直に喜んでおくか。俺の世界がそんなに簡単にぶっ壊れないと言うことを ハルヒが一部とは言え認めたも同然だからな。 ハルヒは俺の方を振り向いたまま離れ、 「そろそろ遅くなってきたから帰るわ。じゃあ……また明日、いつもの場所で古泉くんと一緒に」 そう言ってハルヒは小走りに家路についた。 そうか。ハルヒもこの世界がうまくいきつつあることを自覚しているんだな。それにしても、このハルヒは今まで どのくらい苦難の道を歩んできたんだろうか。ずっと一人で情報統合思念体と戦い、その干渉から逃れようと もがき続けていたのか? それがどのくらいの重圧なのか、俺には想像すら付かない。 まあ、どのみち今の状況が続けば、俺の仕事も思ったより楽に終わりそうだ。とっとと終わらせて あのSOS団団長涼宮ハルヒの元に帰らないと、罰金額が増加の一途をたどりそうだしな。 ……しかし、甘かった。 ◇◇◇◇ 翌日の朝もここ二週間と何も変わらなかった。朝、ハルヒ・古泉と一緒に登校して、授業を受ける。 しかし、昼休み前に状況が一変する。 教室中に広がる悲鳴。そして、それをかき消すヘリコプターから発せられるもの凄い轟音と暴風に窓が激しく軋んだ。 「……なによなになに!?」 ハルヒが飛び上がって、窓から離れた。俺も抜ける腰を必死に支えて、逃げるように窓から離れた。 なんせ、俺たちの教室の窓に張り付くようにあの――戦争映画かなにかで出てきそうな戦闘ヘリがこちらを睨んでいるんだから。 そして、やがてその機体前面下部に付けられている回転式の機関銃みたいなものが火を噴く―― 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/298.html
ハルヒ先輩3から ハルヒ 言うまいと思ってたんだけどね、キョン。 キョン 何だ?ハルヒ ハルヒ 二人の間に隠し事はない方がいいと、言い出したのはあたしだしね。あんたのエロい本もDVDもゲームも捨てさせたし。 キョン あ、あれはもう、その、必要ないというか、物足りないというか(フェード・アウト)……。 ハルヒ ……あたしね、日誌をつけてるの。 キョン 日誌? 日記じゃなくて? ハルヒ そう。ダイアリーじゃなくて、ジャーナル。航海日誌みたいなものね。セルフ・コントロールのツールよ。 キョン セルフ・コントロールって? ハルヒ たとえば、その日思いついた妄想とか、溢れ出さんばかりの衝動とかを、一度言葉にして書き留めるの。そうすることで、自分を客観視できて、アブナイことをしでかさなくて済むという訳よ。 キョン それは聞かない方がよかったような……。 ハルヒ アトランダムに内容を紹介するわ。 キョン やめとけ。いや、やめてくれ。 ハルヒ オーディエンスのGoサインがたくさん見えるのは気のせいかしら? キョン 気のせいだ、断じて。 ハルヒ たとえば、つい情と劣情に流されて、あんたの家庭教師をしたけどね。 キョン やっぱりスーツとメガネのコスプレは欠かせないとか言ってたしな。 ハルヒ あんたも別の意味でノリノリだったけどね。実はあの後、軽い気持ちであんたの成績を上げちゃったことを後悔したこともあるの。ちょうどその頃、書いた部分よ。読み上げるわ。 『ハルヒ先生計画: 1 キョンを馬鹿のまま据え置く。必要なら勉強の邪魔をする。勉強以外のことに夢中にさせるなどの手段を弄して。 2 キョンが一年、留年(ダブ)る。 3 大学で教職課程を採る。教育実習に必要最小限の単位を集める。 4 母校で教育実習。教育実習生としてキョンのいるクラスを担当する。 5 キョンに『ハルヒ先生』と呼ばれる。』 キョン ハルヒ、気持ちは痛いほどよおく分かったから、鼻血を拭け。ほら、ハンカチ。 ハルヒ あ、ありがと。で、どう、この計画? キョン やばい。あらゆる意味で、いろいろやばい。 ハルヒ でしょ! あたしもね、このページを書き終えた後、糊付けして封印しようかと思ったくらいよ。これだけで、マニアならご飯3杯くらいイケるわね! キョン どっちのマニアだよ。 ハルヒ でね、この計画、まだ続きがあるの。なにしろ教育実習生なんて2、3週間しかいないんだから、必然的に短期決戦ね! キョン ハルヒ、おれの「ヤバいこと」メーターの針が、レッド・ゾーンを超えて、すでに振り切れてるんだが。 ハルヒ 擦り切れるのも近いわね。 キョン 頼む、ハルヒ。 ハルヒ なあに、キョン? キョン 計画の続きを言うのは、俺の耳元にしてくれ。他の奴らに聞かせたくない。 ハルヒ もお! 今ので、あたしの萌えメーターは8000回転/秒を超えたわよ! キョン あ、でも……。 ハルヒ なに、キョン? キョン その後、告白して、付き合うっていうなら、もうしてるぞ。……やり直したいのか? ハルヒ まさか! そうじゃなくて、何しろ短期決戦だから、告白の時点で勢いが半端じゃないの、止まんないのよ! 向こうから走って来て、その勢いでタックルして、スクラムごと押し込んで、そのままトライというかメイクラブというか。 キョン すまん、ラグビー用語はよくわからんが、……それって、有り体に言ってレ○プっていうんじゃないのか? ハルヒ ……キョン、あんたがやんのよ。 キョン おれが?ハルヒを?押し倒す? ハルヒ (こくん) キョン 無理。 ハルヒ ちょっと待ちなさい! こういう時ぐらい男の力を見せようって気にならないの!? キョン ならない。あのな、ハルヒ、力っていうのは……見せた方が速いか。ちょっと待ってろ。 ハルヒ って、なんで、あんたのカバンから杉板なんか出てくるのよ。 キョン そこはスルーしてくれ。俺が持ってるから、ハルヒ、これを割ってみろ。……ってもう割れてる! ハルヒ 人間の腕は力むと引き付ける方の筋肉が緊張するから、突きには邪魔になるの。イメージ的には弛緩させて、スピードを生かす方がいいわ。手は軽く握るか握らずに、鞭のように腕をふるう感覚ね。ちょっと見えなかったでしょ? 普通は、鼻先とか目の下を狙うんだけど。 キョン 当たるとすごく痛いだろうな。 ハルヒ でしょうね。 キョン 痛いのは嫌だから、大抵は「なぐるぞ」と言うだけで、相手はこっちの言うことを聞くだろ? ハルヒ うーん。 キョン でも、多分、俺たちには、そういう力は必要ない。 ハルヒ それは、そうなんだけど……。 キョン ハルヒ、手。 ハルヒ え、こう? キョン で、こうする(ぐいっ)。 ハルヒ うわっ。いきなり。……って、抱っこ? キョン 手はつないでもいいし、相手にまわしてもいい。それだけで世界で一番近くになれる。俺たち、ここから始めればいいんじゃないか? ハルヒ うん! そうね。……あの、キョンがね、こんなにいい男になって、うう。 キョン いい加減、小さい子扱いはやめろよな。2歳しか違わないのに。 ハルヒ 歳の差って残酷ね。たとえわずかな差でも、永遠に埋まらないなんて。 キョン ……まあ、最初はおまえからレ○プされたみたいなもんだけど、な。出会い頭にキスされて。 ハルヒ そうやって怒るのも時々は見たいの! 時たまにするから。 キョン うー。 ハルヒ さあ、キョン、気を取り直して、キスするわよ! キョン 仕切り直すな! ハルヒ それも気を失いそうなやつをね! ハルヒ先輩5へ